ホーム / 読みもの / パターソン・ギムリン・フィルム
検証UMAビッグフット

ビッグフット「パターソン・ギムリン・フィルム」
59秒の映像は本物か、着ぐるみか

川原を大股で歩き、ふと肩越しにこちらを振り返る毛むくじゃらの影。1967年に撮られたこの約1分の映像は、半世紀以上「ビッグフットがいる最大の証拠」とされてきた。着ぐるみだと名乗り出た男、着ぐるみを売ったと言う業者、「人間には歩けない」と言う研究者。誰の話がどこまで確かなのか、資料を一つずつ確かめる。

文 未確認生物研究所 編集部公開 2026年10月4日約17分で読めます出典 15件
深い森の山あいを流れるクラマス川
CC BY 2.0撮影地ブラフ・クリークは、このクラマス川の支流にあたる。カリフォルニア州道96号線沿いのクラマス川。撮影:Robert Ashworth。CC BY 2.0。 / Wikimedia Commons

この記事の要点

  • 映像は1967年10月20日、カリフォルニア州北部のブラフ・クリークで、ロジャー・パターソンとボブ・ギムリンが撮った。16mmフィルムで約950コマ、1分足らず
  • 「人間には真似できない歩き方」という主張は、フィルムの速度(1秒何コマか)が分からないため、決め手にならない。歩き方と体の比率の分析も、研究者の間で割れている
  • 1999年以降、「着ぐるみの中は自分」と言うボブ・ヘイロニマスと、「着ぐるみを売った」と言うフィリップ・モリスが現れた。ただし2人の話は細部でかみ合わず、着ぐるみの現物も無い
  • 2014年のDNA調査では、米国の「ビッグフットの毛」18点はすべてクマ・ウシ・イヌ属などの既知の動物だった。ただし映像の主の毛は調べられていない
  • 2026年、撮影の1年前の「リハーサル」とされる別のフィルムを使ったドキュメンタリーが公開された。第三者の検証はこれから

011967年10月20日、川原を歩いた影

1967年10月20日、金曜日の午後。場所はカリフォルニア州北部、シックス・リバーズ国有林を流れるブラフ・クリーク。クラマス川の支流で、いちばん近い町オーリンズから林道を約40キロ入った山奥だ[1]。

馬に乗って川沿いを上っていたのは、ワシントン州ヤキマから来た2人の男だった。元ロデオ乗りのロジャー・パターソン(1933〜1972年)と、友人のボブ・ギムリン(1931年生まれ)。2人の話では、午後1時15分から40分ごろ、川の曲がり角で倒木を回り込むと、対岸に大きな毛むくじゃらの影がいた[1]。

パターソンの馬は驚いて立ち上がった。彼は馬から降り、鞍袋から16mmのカメラを取り出して、走りながら撮り始めた。最初の部分は大きく揺れている。途中で影は右肩越しにこちらを振り返る。この振り返りの場面が、のちに何万回も複製される「第352コマ」だ。影はやがて木立の奥へ消え、そこでフィルムが尽きた[1]。

映像の長さは約7.3メートル、およそ950コマ。1秒16コマで映せば約59.5秒、18コマなら約53秒になる[1]。数え方によって952コマとも954コマとも言われる[3]。2人はこのあと足跡を撮影し、左右の足跡を1つずつ石膏で型取りした。夕方6時半ごろ、近くの町ウィロー・クリークの雑貨店主に会い、フィルムを現像に回すため発送した[1]。

それから半世紀以上、映像の主は「パティ」というあだ名で呼ばれ、ビッグフットの姿そのものになった。一方で、撮影者の地元ヤキマには「中に入っていたのは自分だ」と言う男が住んでいる。2012年、地元紙ヤキマ・ヘラルドは、ギムリンとその男の両方に取材したうえで、こう書いた[2]。

But they can't both be telling the truth.

だが、2人とも本当のことを言っている、ということはあり得ない。

この記事では、撮影の経緯、フィルムの速度、歩き方と体つき、着ぐるみの告白、DNA、そして2026年に出てきた新しい資料の順に、どちらの話がどこまで確かめられるのかを見ていく。

02撮影の前と後:映画の計画と「足りない時間」

パターソンがビッグフットに夢中になったのは、1959年に雑誌で記事を読んでからだという。1966年には自費出版で本を出し、資金を集めて何度も山に入っていた[1]。

注目すべきは、撮影の数か月前の動きだ。1967年の5〜6月ごろ、パターソンはカウボーイたちが馬でビッグフットを追う「再現ドラマ風の記録映画」を撮り始めていた。知り合いを少なくとも9人集めて出演させ、その中にはギムリンと、のちに「着ぐるみの中は自分」と言い出すボブ・ヘイロニマスもいた[1]。ビッグフットを追う映画を撮るなら、いずれ怪物の場面も要る。懐疑的な人たちは、ここを重く見る。

お金の事情も絡む。撮影に使ったカメラは、その年の5月にヤキマのカメラ店から借りたものだった。返す期限を過ぎていたため、撮影の3日前の10月17日には逮捕状が出ていた。1969年にカメラを返し、訴えは取り下げられている[1]。

もう一つの論点が、当日の時間だ。2人の話のとおりなら、午後1時過ぎに撮影し、馬でキャンプへ戻って石膏を取り、現場で型を取り、トラックで曲がりくねった林道を下り、海沿いの町ユーリカでフィルムを発送し、夕方にはウィロー・クリークに着いていたことになる。地元紙は、これを一日でこなすのは厳しいと指摘した[2]。人類学者のデヴィッド・ディーグリングは「撮影が数日か数時間前だったと考えれば、時間の問題はすべて消える」と書いている。擁護する側は、きついが不可能ではないと反論している[1]。

現場を通った第三者もいる。森林局の職員ライル・ラバティは、19日か20日に現場の近くを通ったが、足跡には気づかなかった。報道を見て23日に戻り、足跡の写真を6枚撮っている[1]。通ったのが19日なら矛盾はない。20日の撮影前でもおかしくはない。日付がはっきりしないため、決め手にはならない。

机に並べた大きな足跡の石膏型を学生に説明する男性
PDビッグフットの足跡とされる石膏型を学生に見せる人類学者グローバー・クランツ(右)。映像の擁護で知られた。1977年4月9日の新聞(News Journal)掲載写真。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

一方、擁護する側にも材料はある。パターソンは撮影の当日、雑貨店主を通じて、ビッグフットに関心を持っていた数少ない学者ドナルド・アボットに電話をかけ、追跡用の犬を連れて来てほしいと頼んでいる。アボットは断った。クランツは、作り物なら専門家を現場に呼ぶはずがないと論じた[1]。

031秒は何コマか:フィルムの速度論争

映像の主が人間か動物かを考えるとき、意外な壁になるのが「1秒に何コマで撮ったか」だ。同じ950コマでも、1秒24コマなら約40秒、16コマなら約60秒になる。速度が変われば、歩く速さも、腕の振り方の見え方も変わる。

黒い革張りの古い16mm撮影機
CC BY-SA 2.0コダックの16mm撮影機「シネ・コダック K型」(1930年代)。パターソンが使ったのは後継の K-100 で、これとは別の機種。撮影:Joe Haupt。CC BY-SA 2.0。 / Wikimedia Commons

パターソンのカメラ「シネ・コダック K-100」の速度ダイヤルには、16・24・32・48・64の目盛りがあった。ただし、カチッと止まる仕掛けは無く、目盛りの間のどの速度にもなり得た。パターソンは、ふだんは24コマで撮っていたが、慌てていて設定を確かめなかったと話している。クランツによれば、パターソンは後になって「18コマになっていた」と研究者のジョン・グリーンに伝えたという[1]。

速度が大事なのは、霊長類学者ジョン・ネイピアの次の指摘があるからだ。ネイピアはビッグフットの実在そのものには理解を示した学者だが、この映像には否定的だった[1]。

if the movie was filmed at 24 frame/s then the creature's walk cannot be distinguished from a normal human walk.

もし映像が1秒24コマで撮られていたなら、この生き物の歩き方は、ふつうの人間の歩き方と見分けがつかない。

ネイピアは、テレビ放送に向くので24コマで撮った可能性が高いと考えた。ただし、それは推測だと自分で認めている。なお、米国のテレビ放送は毎秒30コマで、24コマは映画の速度だ[1]。

反対の立場からの検証もある。ビッグフット研究家のルネ・ダインデンは現場で人を歩かせ、映像と同じ距離を40秒(24コマの場合の長さ)で歩ける人はいなかったとして、24コマを外した。クランツは、パターソンが走ったときの画面の揺れの周期から歩幅を逆算し、18コマが妥当だと論じた。特殊メイク職人のビル・マンズは、K-100はダイヤルを16に合わせても実際は18コマで回るよう調整されていた、という技術資料の話を紹介している。ただしマンズ自身が試したのは手持ちの9台のうち1台だけだった[1]。

速度が低ければ、映像の主はゆっくり大股で歩いていることになる。擁護派がよく引くのが、英国の生体力学者D・W・グリーヴの言葉だ[3]。

The possibility of fakery is ruled out if the speed of the film was 16 or 18 fps

フィルムの速度が毎秒16か18コマなら、偽物の可能性は除外される。

ところが、同じグリーヴについて別の要約は、彼が速度を決めきれず、「本物かもしれない」という可能性に当惑したと伝えている[1]。つまり、この言葉は「16か18なら」という条件つきだ。そして、その条件そのものが半世紀たっても決まっていない。「人間には真似できない」という主張は、確かめられない前提の上に立っている。

04歩き方と体つき:「人間には無理」は言えるか

川原を歩きながら右肩越しに振り返る、黒っぽい毛に覆われた大きな人影
引用パターソン・ギムリン・フィルムの第352コマ。撮影:ロジャー・パターソン(1967年10月20日)。米国では著作権表示なしで公開されたためパブリックドメインとされ、Wikimedia Commons でもそう扱われている。本記事では、映像の主の体つきと歩き方を論じるための引用として掲げる。 / Wikimedia Commons

速度の問題をいったん脇に置いて、映像に写った体そのものを見てみよう。擁護する側の主張を、古生物学者ダレン・ナイシュが2006年にまとめている。膝が最後までまっすぐ伸びない、腰を落とした歩き方をしている。腕の振りが人より大きい。歩くたびに脚の筋肉が毛の下で動いて見える[3]。体の比率については、こう書いている。

Its intermembral index (the ratio of humerus + radius length to femur + tibia length) is between 80 and 90, whereas in our species it averages 72

その上肢下肢比(上腕骨と橈骨の長さの合計を、大腿骨と脛骨の長さの合計で割った値)は80〜90で、私たち人類の平均は72だ。

つまり、人間より腕が長いという主張だ。クランツは肩幅についても「あの背丈であれほど肩幅の広い人間はいない」と論じた[3]。2013年には、マンズと、アイダホ州立大学の人類学者ジェフ・メルドラムが論文を出した。懐疑派が「着ぐるみのしわ」とみなしてきた体の表面の特徴は、年を取った人や類人猿の皮膚や脂肪にも見られるもので、むしろ未知の霊長類だと考えるのが筋だ、という内容だ[5]。マンズは、1967年の技術ではこれほどの着ぐるみは作れなかったとも主張している[12]。

反対の分析も同じくらいある。アメリカ自然史博物館のエステバン・サルミエントは、調べた体の比率はどれも人間の範囲に収まり、類人猿とは大きく違うとした。体重は86〜109キロほどと見積もっている[1]。人類学者のダニエル・シュミットとディーグリングは1999年、撮影者と被写体の位置が正確に分からず、画質も悪いため、映像から体の寸法を出すこと自体に無理があると指摘した。膝を曲げたまま歩く「コンプライアント歩行」は、人間でも速さ・歩幅・姿勢ごと再現できるという[4][1]。なお、ナイシュ自身も2006年の記事でこの反論に触れ、知識のある人なら真似できる可能性は認めている。そのうえで、体格まで合う人を1967年に用意するのは難しいと論じた[3]。

再現の実験も割れた。スタンフォード大学の歩行研究者ジェシカ・ローズとジェームズ・ギャンブルは、人に歩き方を真似させてほぼ再現できたとし、ローズは「楽勝」とまで言った。立ち会ったメルドラムは「一部は再現できた」と認めつつ、すべてではないとした。別の番組では、関節に光る印を付けた人に真似させて、うまくいかなかった[1]。

映画の特殊効果の専門家たちの意見もばらばらだ。猿の着ぐるみ芸で知られたヤノス・プロハスカは「とても本物に見える」と言った。『猿の惑星』のジョン・チェンバースは自分が作ったという噂を否定し、「私は腕がいいが、そこまでじゃない」と答えた。一方、スタン・ウィンストンは「出来の悪い毛皮スーツを着た男だ」と言い切っている[1]。「未確認動物学の父」と呼ばれたベルナール・ユーヴェルマンスでさえ、毛の流れが均一すぎるなどとして着ぐるみだと考えた[1]。

懐疑派の作家ベンジャミン・ラドフォードは、2023年にこう整理している[6]。

whether the film is provably a hoax or not is still an open question, but the claim that the film could not have been faked is demonstrably false

この映像が作り物だと証明できるかどうかは、まだ決着していない。だが、「この映像は偽造できなかったはずだ」という主張は、はっきり誤りだと示せる。

ラドフォードはさらに、時代考証の正しい機材・同じ場所・本格的な着ぐるみで再現を試みた例はそもそも無く、「誰も再現できない」のではなく「誰もそこまでやっていない」のだと書いている[6]。体の分析だけでは、どちらの結論にも届かない。そこで次に、人の証言を見ていく。

05「中にいたのは私だ」:二つの告白

果樹園と畑が広がるヤキマの谷
CC BY-SA 4.0パターソン、ギムリン、ヘイロニマスが暮らしたワシントン州ヤキマの谷。撮影:Steve Groom。CC BY-SA 4.0。 / Wikimedia Commons

1999年1月、ヤキマの弁護士が「映像の中の人物は私の依頼人だ」と発表した。依頼人の名前と話の詳しい中身が広く知られたのは2004年、作家グレッグ・ロングの本『ビッグフットの作り方(The Making of Bigfoot)』によってだった。名乗り出たのはボブ・ヘイロニマス。パターソンの知り合いで、撮影の年の春には、パターソンの記録映画に出ていた男だ[1]。

ヘイロニマスの話では、パターソンに頼まれて着ぐるみを着て歩いた。報酬は1,000ドルの約束だったが、一度も払われていないという[8]。母親は撮影の2日後に車の中で猿の着ぐるみを見たと話し、おいも見たと言う。古い友人は1968年か69年に打ち明けられたと証言した[1]。ヘイロニマスはうそ発見器の検査にも通っている。ただし、パターソンも1968年4月の雑誌記事が出る前に、雑誌の求めでうそ発見器の検査を受け、通っている。検査した人はどちらも亡くなっていて、結果を確かめ直すことはできない[2]。

弱点は、話の細部だ。ヤキマ・ヘラルドは、ヘイロニマスの話が擁護派の反論に合わせるように変わってきたことを指摘し、こう書いた[2]。

Where his story is hardest to accept is on his almost nonexistent grasp of the geography or topography where the film was shot

彼の話でいちばん受け入れにくいのは、撮影場所の地理や地形をほとんど分かっていないことだ。

彼が言う「町に入ってすぐのガソリンスタンド」に当たる場所は、現場の周りに見当たらない。キャンプまでの道の説明も、実際の20マイル以上続く林道とまるで違う、という[2]。

もう一人の告白者が、ノースカロライナ州シャーロットの衣装業者フィリップ・モリスだ。モリスは2002年8月16日、地元ラジオで、1967年に通信販売で猿の着ぐるみをパターソンに売ったと語った。値段は435ドル。のちにパターソンから「肩をもっと大きく、腕をもっと長くするには」と電話で聞かれ、アメフトの肩パッドを入れるよう勧めたという[1]。懐疑派の調査者ジョー・ニッケルは、モリス本人から聞いた着ぐるみの作りをこう記している[7]。

Morris informs that his suit was made in six pieces: head, body (a back-zippered fake-fur torso with arms and legs), and a pair of glove hands and latex feet.

モリスによれば、彼の着ぐるみは6つの部品でできていた。頭、胴体(背中にファスナーのある、腕と脚つきのフェイクファーの胴)、それに手袋の両手とラテックスの両足だ。

モリスは歩き方についても説明している。長い作り物の足をはくと、つま先から着地できず、足裏全体で踏むしかない。かぶり物をすると首が回らないので、振り返るときは肩と腰ごと回すことになる。それが映像の独特の動きだ、というのだ[1]。

ところが、2人の話はかみ合わない。ヘイロニマスは、着ぐるみは馬の皮で作られていて重く、臭かったと言い、手足は胴と一体で、上着とズボンのように着たと話した。モリスの着ぐるみは軽い合成繊維ダイネル製で、背中にファスナーがあり、手と足は別の部品だ[1]。この点は、モリスを支持するニッケル自身も認めている[7]。

Bob Heironimus, described wearing a suit fashioned rather differently from Morris’ and smelling like horsehide.

ボブ・ヘイロニマスは、モリスのものとはかなり違う作りの、馬の皮のにおいがする着ぐるみを着たと述べた。

モリスは、パターソンが顔の部分を馬の皮のマスクに替え、胸を付け足したのだろうと説明した[7]。しかし着ぐるみの現物も、売った記録も示されていない。2004年にナショナル・ジオグラフィックの番組のために撮られた再現映像について、ビッグフット研究家のダニエル・ペレスは、制作者が「元の映像とはまるで似ていない」と言ったと伝えている[1]。

撮影者の側はどうか。ギムリンは、パターソンの死後も話を変えていない。ヤキマ・ヘラルドによれば、あるテレビの制作者が「作り話だったと明かせば100万ドル払う」と持ちかけたとき、ギムリンは即座にこう答えたという[2]。

Well, that's nice, and I'd like to take your money, but this is what happened

そうか、ありがたい話だし、その金はもらいたいところだ。でも、起きたことはこうなんだ。

ただしギムリンは、1999年に英BBCの取材に対し、年を取った今は「ロジャーがよほど周到に計画していたなら」作り物だった可能性もあると思う、とも話している[1]。彼自身が仕掛けに加わったことは、一貫して否定している。

06DNAは何を語れるか:2014年の毛の分析

最初に断っておきたいのは、映像の主そのものの毛やからだの一部は、調べられていないということだ。少なくとも今回あたった資料の中に、そうした検査の記録は見つからなかった。DNAでこの映像の真偽を直接決めることはできない。

それでも、DNAは「ビッグフットの証拠」とされてきた物について、大事なことを教えてくれる。2014年、オックスフォード大学の遺伝学者ブライアン・サイクスらは、世界中から「謎の霊長類の毛」を募った。集まった57点のうち37点を選び、表面の汚れを徹底的に落としてから、ミトコンドリアDNAの短い区間を読んだ。DNAが取れたのは30点だった[9]。

そのうち、米国で「ビッグフットの毛」として出された18点の結果は次のとおりだ。アメリカクロクマが5点、オオカミ・コヨーテ・イヌのどれか(イヌ属)が4点、ウシが3点。ウマ、ヒト、アライグマ、ヒツジ、ヤマアラシ、シカが1点ずつ。カリフォルニア州から出た2点は、どちらもクロクマだった[9]。

草の上に座る黒いクマ
PDアメリカクロクマ。2014年の調査で「ビッグフットの毛」からいちばん多く見つかった動物。撮影:Mike Bender/米国魚類野生生物局。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

サイクスらは、結果の意味を慎重に書いている[9]。

this survey cannot refute the existence of anomalous primates, neither has it found any evidence in support

この調査は、謎の霊長類の存在を否定することはできない。だが、それを支える証拠も何一つ見つからなかった。

同じ号に解説を寄せた古生物学者ノーマン・マクラウドも、これで伝説が否定されたわけではないと書いた。そのうえで、謎の霊長類だとされた毛から、人間以外の霊長類のDNAが一つも出なかった点に注意を促している。DNAが取れなかった試料については、何も言えないままだ[10]。

この調査には、もう一つ教訓がある。ヒマラヤの「イエティの毛」2点は、大昔のホッキョクグマのDNAと一致したと発表され、「未知のクマか」と話題になった。ところが翌2015年、別の研究者が同じデータを調べ直し、読んだ区間が短すぎて区別できず、ふつうのヒグマで説明できると結論した[11]。DNAの結果でさえ、別の目で確かめ直されて初めて固まる。

ラドフォードは別の角度から問いを立てている。誰もが高性能なカメラを持ち歩く今になっても、なぜ最も鮮明なビッグフットの映像が1967年のものなのか、と[6]。これは映像が偽物だという証明ではない。ただ、「ほかに証拠が出てこない」こと自体も、考えに入れるべき事実だ。

072026年の新資料と、いま言えること

光にかざした16mmフィルムのコマの並び
CC BY-SA 2.016mmフィルムのプリント(デンマーク放送協会の資料。本件とは無関係)。撮影:DRs Kulturarvsprojekt。CC BY-SA 2.0。 / Wikimedia Commons

2026年3月12日、米テキサス州の映画祭SXSWで、ドキュメンタリー『キャプチャリング・ビッグフット(Capturing Bigfoot)』が初公開された。監督はワシントン州の大学で記録映画を教えるマーク・エヴァンス[12]。

きっかけは1本の16mmフィルムだった。同僚の講師が、亡くなった父親の金庫から見つけたものだ。父親はボーイング社の映像部門で働いていた人で、兄弟を通じてパターソンやギムリンとつながりがあった[13]。現像してみると、40秒ほどの映像に、例の映像より細身の「ビッグフット」が林の中を歩く姿が写っていた。フィルムの印から1966年、つまり有名な映像の1年前のものだと分かったという。エヴァンスはこれを「予行演習」の映像だと見ている[13][14]。報道によれば、馬に乗ったギムリンも写っていて、森の様子はカリフォルニアより地元ワシントン州に近いという[15]。

映画には、パターソンの長男クリントも出ている。何年も前に母親から「あれは作り物だった」と聞いたといい、父親が夜、裏庭のドラム缶で着ぐるみを少しずつ燃やすのを見たとも話している[13]。長年、映像の擁護の中心にいたメルドラム(2025年末に死去)は、新しい映像を見せられて、こうつぶやいた[12]。

the simplest explanation is uncomfortable to arrive at

いちばん単純な説明にたどり着くのは、居心地が悪い。

ただし、慎重に見るべき点も多い。映画の一般公開は、有名な映像からちょうど59年後の2026年10月20日の予定で[8]、この記事を書いている時点では、ほとんどの人がまだ新しい映像を見ていない。ネットでは、映像がAIで作られたのではという疑いまで出ている。エヴァンスはこれを否定している[15]。1966年という年代も「フィルムの印」から判断したと報じられているだけで、第三者による鑑定の結果は公表されていない。エヴァンス自身も、ビッグフットがいないと言いたいわけではないと強調している[14]。

where I am saying that Bigfoot does not exist, that Bigfoot is a hoax, and I’m not making that claim at all

(映画を)私がビッグフットはいない、ビッグフットはでっち上げだと言っているものだと受け取る人がいるが、私はそんな主張はまったくしていない。

ここまでの材料を、説ごとに整理するとこうなる。

説根拠評価
人間には真似できない歩き方だフィルムの速度が分からず、条件つきの主張にとどまる。人が再現できたとする実験もある[1][4]否定的
体の比率が人間と違う腕が長いとする分析と、人間の範囲内とする分析が対立。撮影位置が不明で寸法の推定に限界がある[3][1]確かめられず
1967年には作れない出来の着ぐるみだ特殊効果の専門家の意見は割れ、時代考証どおりの再現は試みられていない[6]否定的
中はヘイロニマスだった身内や友人の証言はあるが、地理の説明や着ぐるみの作りが食い違う[2][7]確かめられず
モリスの着ぐるみが使われた本人の証言のみで、現物も記録も無い[1]確かめられず
DNAがビッグフットの実在を示す米国の18点はすべて既知の動物。映像の主は未検査[9]否定的
撮影の前に予行演習があった1966年とされる別のフィルムが見つかった。公開前で、第三者の検証はこれから[13][15]確かめられず
資料どうしの食い違い・確かめられなかった点:コマ数は952とも954とも数えられる[3][1]。ギムリンが取り分を求めた裁判は「1974年提訴・1976年勝訴」とする資料と、「1975年提訴・和解」とする地元紙の報道がある[1][8]。ヘイロニマスは1999年に弁護士を通じて名乗り出たが、実名と詳しい話が出たのは2004年の本だ[1]。グリーヴの評価は、引く人によって「偽物の可能性を否定」とも「判断を保留」とも読める[3][1]。ナイシュの記事は2006年時点の見方で、その後の考えの変化はこの記事では追えていない。シュミットとディーグリングの1999年の論文は会員限定で本文を読めず、内容は他の資料の要約による[4]。2026年のフィルムを見つけた時期は、多くの報道が2022年とする一方、ピープル誌は2024年6月としている[15][13]。ネイピア、クランツ、ダインデン、サルミエント、モリスらの発言の多くは、ウィキペディアに引かれた二次資料からの孫引きだ[1]。

まとめると、物としての決定的な証拠、つまり着ぐるみの現物や、映像の主の体の一部は、どちらの側にも無い。その意味で、この映像は今も「100%証明された作り物」ではない。ただ、天秤は一方に傾いている。「人間には真似できない」という擁護の柱は、フィルムの速度という未確定の前提に乗っていて、立っていられない。撮影の直前に怪物の出てくる映画を計画していたこと、時間の問題、着ぐるみの告白、そして予行演習とされる新しいフィルム。一つひとつは決め手に欠けても、向きはそろっている。

そして、この映像の真偽と、北米の森に大きな未知の動物がいるかどうかは、別の問題だ。映像が作り物だったとしても、それでビッグフットがいないことが証明されるわけではない。逆に、ほかの証拠がこの映像を超えられないまま60年近くたっていることも、また事実だ。10月20日に映画が公開されれば、新しいフィルムは多くの目にさらされる。この話の次の一章は、そこから始まる。

ビッグフットの展示で知られる、ウィロー・クリークの博物館の外観
CC BY 2.0撮影後にパターソンたちが立ち寄った町、カリフォルニア州ウィロー・クリークのビッグフット博物館。撮影:Bob Doran。CC BY 2.0。 / Wikimedia Commons

出典・参考資料

  1. Wikipedia(英語版)「Patterson–Gimlin film」(研究者・関係者の発言の多くはここに引かれた二次資料による). https://en.wikipedia.org/wiki/Patterson%E2%80%93Gimlin_film(閲覧 2026-10-04)↩
  2. Scott Sandsberry「1967 Patterson-Gimlin film remains a controversial subject」Yakima Herald-Republic, 2012年7月10日. https://www.yakimaherald.com/1967-patterson-gimlin-film-remains-a-controversial-subject/article_92b6022b-7293-44f7-a027-d1ebcacb4415.html(閲覧 2026-10-04)↩
  3. Darren Naish「Frame 352, and all that」Tetrapod Zoology, 2006年11月. https://darrennaish.blogspot.com/2006/11/frame-352-and-all-that.html(閲覧 2026-10-04)↩
  4. Daniel O. Schmitt, David J. Daegling「Bigfoot's Screen Test」Skeptical Inquirer 23(3), 1999年5/6月号(本文は会員限定). https://skepticalinquirer.org/1999/05/bigfoots-screen-test/(閲覧 2026-10-04)↩
  5. Bill Munns, Jeff Meldrum「Surface Anatomy and Subcutaneous Adipose Tissue Features in the Analysis of the Patterson-Gimlin Film Hominid」The Relict Hominoid Inquiry 2:1–21, 2013年. https://www.isu.edu/media/libraries/rhi/research-papers/Munns--Meldrum-Final-draft.pdf(閲覧 2026-10-04)↩
  6. Benjamin Radford「Is Bigfoot Dead?」Skeptical Inquirer 48(1), 2024年(ウェブ公開 2023年12月27日). https://skepticalinquirer.org/2023/12/is-bigfoot-dead/(閲覧 2026-10-04)↩
  7. Joe Nickell「The Man Who Sold Bigsuit」Center for Inquiry, Investigative Briefs, 2009年9月2日. https://centerforinquiry.org/blog/man_who_sold_bigsuit/(閲覧 2026-10-04)↩
  8. Questen Inghram「New Bigfoot documentary brings Yakima connections into focus」Yakima Herald-Republic, 2026年9月29日. https://www.yakimaherald.com/news/local/new-bigfoot-documentary-brings-yakima-connections-into-focus/article_8b542d44-e9e8-40ce-a79d-b4a5ec660c90.html(閲覧 2026-10-04)↩
  9. Bryan C. Sykes, Rhettman A. Mullis, Christophe Hagenmuller, Terry W. Melton, Michel Sartori「Genetic analysis of hair samples attributed to yeti, bigfoot and other anomalous primates」Proceedings of the Royal Society B 281:20140161, 2014年. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4100498/(閲覧 2026-10-04)↩
  10. Norman MacLeod「Molecular analysis of ‘anomalous primate’ hair samples: a commentary on Sykes et al.」Proceedings of the Royal Society B 281:20140843, 2014年. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4100509/(閲覧 2026-10-04)↩
  11. Eliécer E. Gutiérrez, Ronald H. Pine「No need to replace an “anomalous” primate (Primates) with an “anomalous” bear (Carnivora, Ursidae)」ZooKeys 487:141–154, 2015年. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4366689/(閲覧 2026-10-04)↩
  12. Sheri Linden「‘Capturing Bigfoot’ Review」The Hollywood Reporter, 2026年3月12日. https://www.hollywoodreporter.com/movies/movie-reviews/capturing-bigfoot-review-documentary-1236523073/(閲覧 2026-10-04)↩
  13. Johnny Dodd「The Famed 1967 Bigfoot Film Was an ‘Incredible Hoax,’ Says the Director of a Groundbreaking New Documentary」People, 2026年3月13日. https://people.com/famous-1967-bigfoot-film-was-staged-says-director-of-new-doc-11926085(閲覧 2026-10-04)↩
  14. Robert Schaulis「New doc ‘Capturing Bigfoot’ presents new evidence in Patterson-Gimlin Bigfoot film」Times-Standard, 2026年3月28日. https://www.times-standard.com/2026/03/28/new-doc-capturing-bigfoot-presents-new-evidence-in-patterson-gimlin-bigfoot-film(閲覧 2026-10-04)↩
  15. Katie Notopoulos「The Bigfoot community is being torn apart by a documentary's new evidence」Business Insider, 2026年3月31日. https://www.businessinsider.com/capturing-bigfoot-community-documentary-drama-2026-3(閲覧 2026-10-04)↩

この記事は、公開されている資料をもとに編集部が書いています。引用した文章と画像は、出典と引用元へのリンクを添えています。英語の資料の訳は当サイトによるものです。誤りに気づいた方は、目撃情報フォームからお知らせください。