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ケサランパサランの正体
白い毛玉は、いつ「ひとつのもの」になったのか

ふわふわと空を漂い、白粉(おしろい)を食べて増え、持ち主に幸せを呼ぶ。ケサランパサランは、そう語られてきた白い毛玉だ。正体は植物の綿毛だとも、動物の毛玉だとも言われる。どちらが正しいのか。民俗学の論文と、図書館や研究機関の資料を読み直すと、答えは「どちらも」だった。形も出どころも違うものが、ひとつの名前の下に集まってきた歴史を追う。

文 未確認生物研究所 編集部公開 2026年10月4日約13分で読めます出典 18件
割れたガガイモの実から、白い綿毛の付いた種がこぼれ出している
CC BY-SA 3.0ガガイモの実が割れ、白い綿毛(種髪)を付けた種がこぼれ出す。福島県会津地方。撮影:Qwert1234。CC BY-SA 3.0。 / Wikimedia Commons

この記事の要点

  • 古い記録では、山形県や宮城県の旧家が「天からの授かり物」として白い毛玉を箱にしまい、白粉を与えて伝えてきた。1952年に民俗学の雑誌で報告されている
  • 全国に知られたのは1977年前後のブームから。新聞・テレビが取り上げ、池袋の西武百貨店で展示会まで開かれた
  • 「正体」には、植物の綿毛(ガガイモの種髪、アザミの冠毛など)と動物の毛玉(獣の毛皮の一部、猛禽のペリットなど)の両方がある。ブームの中で、別々のものが同じ名前でくくられた
  • 名前の由来は、獣の体内の結石を指すポルトガル語系の「ヘイサラバサラ」説がもっとも古い記録を持つ。ケ・セラ・セラ説や梵語説は、確かな裏付けが見つからなかった

01旧家に伝わる「天からの授かり物」と白粉

ケサランパサランの話は、ふつう「東北地方の言い伝え」として紹介される。では、もっとも古い、きちんとした記録はどこにあるのか。民俗学者の飯倉義之は、1952年に民俗学の雑誌『民間伝承』に載った報告を出発点に挙げている[1]。

報告したのは、山形県の中学校の社会科の先生だった佐藤光民。西田川郡念珠関村(今の鶴岡市温海)を歩き、4軒の家に伝わる毛玉を実際に見て書いた[1]。ただし、この地域での呼び名は「ケサランパサラン」ではなく「テンサラバサラ」だった。

その報告は、国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」に、家ごとの要約が収められている。ある家の毛玉については、こうまとめられている[2]。

テンサラバサラは雷様と共に降ってきた天からの授かり物だ。佐藤家のものは真っ白で丸く、兎の尾の先を切ったような形である。

大きさは小豆ほど。白粉を食べてだんだん大きくなり、子を産んで増え、持っていると良いことがある、と続く[2]。別の家の話は、毛玉をなくしたあとのことまで伝えている[3]。

弥惣兵衛家では、明治36年に地上1m位のところを飛んでいたのを拾った。土蔵の改築時に紛失してしまい、その後不幸なことが続いた。

3軒目の家は、大きな雷が鳴った翌日に、家の前で直径1.8センチほどの毛玉を2個拾ったという。「持っていると良いことがあると言うが」と聞かれると、「そう言われているがどんなもんか」と答えている[4]。信じきっているわけでもない、淡々とした口ぶりだ。

3軒の話に共通するのは、毛玉が「拾ったもの」で、しかも空や天と結びつけられていることだ。自分で作ったり買ったりしたものではなく、思いがけず授かったものだからこそ、家の幸運と結びつけて大切にされたのだろう。

この「雷と一緒に天から降ってくる」という話は、今も同じ土地に残っている。2020年、毎日新聞の記者が鶴岡市温海地域の山あいを訪ねると、近くに住む男性がこう話した[8]。

近くの農業男性によると、嵐の前などに雷とともに降ってくるのだという。

宮城県にも記録がある。1982年に東洋大学の民俗研究会がまとめた宮城県本吉郡旧小泉村の聞き書きには、「座敷オボコ」(座敷わらしに近いもの)の話として、こう残る[5]。

歌津集落のある家に、ケセランパサランという名の座敷オボコがいて、白粉を食べていた。

同じ聞き書きには、狐が尻尾にあるふわふわのケサランパサランを振って人を化かす、という話もある[6]。ここでの「ケサランパサラン」は、箱にしまう宝物というより、不思議なふわふわしたもの全般を指す言葉に近い。

白粉で育て、人には見せない

ケサランパサランの「飼い方」は、どの資料でもよく似ている。大阪市立中央図書館が国立国会図書館のレファレンス協同データベース(図書館どうしで調べものの記録を共有する仕組み)に残した回答は、手元の資料が「いずれも『白粉を食べる』や『白粉箱に入れておく』と書かれていました」とまとめている[10]。

同じ回答が引く『日本怪異妖怪大事典』は、白粉箱に入れておくと白粉を食べて成長し、子を産み増えるという、とする。『江戸幻獣博物誌』は、箱に穴を開けておかないと窒息して死んでしまう、という言い伝えも紹介している[10]。山形県や宮城県には、宝物として神棚にまつる旧家や寺社もあるという[11]。

1980年には、ある女性がケサランパサランを育てた記録を本にした。西君枝『ケサランパサラン日記』だ。最初の場面はこうだという[10]。

なぜおしろいをかけたかというと、この奇妙な生き物は、おしろいを食べて成長するのだそうな。

ほかにも「1年に1度しか見てはいけない」「人に知らせると力がなくなる」といった決まりが語られる。毎日新聞の記者が温海の男性に話を聞いたときも、「家宝にしている家は確かにある」が「見せてくれる人はいない」と言われ、加茂水族館へ行ってみるよう勧められている[8][16]。見せない、話さない、という決まりがあるため、どれほどの家が持っているのかは分からない[16]。この「よく分からなさ」も、ケサランパサランの魅力の一部になっている。

021950年代、学者たちの「テンサラバサラ問答」

佐藤の報告は、毛玉の特徴を具体的に書いていた。白い毛の玉であること。落雷のあとなどに落ちていること。白粉を食べて増えること。持っていると良いことがあり、金持ちになれること[1]。のちに「ケサランパサラン」の特徴として語られることの多くが、すでにそろっている。

この報告は、雑誌の読者のあいだで議論を呼んだ。飯倉の論文によると、まず井上佐久良が、テンサラバサラは梵語(古いインドの言葉)ではないか、不動明王のお経や真言の響きと関係があるのではないか、と書いた。そのうえでまた動物学の教授の意見を引いて、ウサギの腹の毛ではないか、という見方も示した[1]。

これに宮武省三と蒲生明が応じた。2人が持ち出したのは、江戸時代の本に出てくる「鮓答(へいさらばさら)」だった。獣の胆のうなどにできる白い玉、つまり結石のことで、テンサラバサラはこのヘイサラバサラがなまったものだろう、という説だ[1]。

民俗学の創始者として知られる柳田國男も、この報告を喜び、「これはヘイサラバサラだ」と言ったという[1]。ところが議論は、実物の毛玉を置き去りにしたまま、言葉の由来の話に流れて終わった。飯倉は、毛の塊だという実物の報告と、結石のヘイサラバサラを同じものとみなすのは、あまりに早すぎたと指摘している[1]。

当時の雑誌の編集者も、この点に引っかかっていたらしい。編集後記で、毛のかたまりだという報告と、獣の体内の玉のヘイサラバサラとが、なぜ同じ名前で呼ばれるのかが問題だ、と書いている。けれども、その答えが出ないまま、問答は誌面から消えた[1]。

この章と次の章は、飯倉義之の論文(2006年)に大きく頼っている。論文は公開されているPDFで読めるが、紙面を撮影した画像のため、文章をそのまま機械で照合できない。そのため引用の形にはせず、要約で紹介した。1950年代の『民間伝承』の誌面そのものは、今回は直接確かめていない。

031977年前後のブーム:新聞、テレビ、百貨店

その後しばらく、テンサラバサラは東北の旧家の箱の中で静かに眠っていた。全国に名前が広まったのは、1970年代の後半だ。飯倉は、当時の雑誌記事を引いてブームの始まりを描いている[1]。

きっかけは、その年の夏に朝日新聞の地方版がちょっと紹介したことらしい。名前が珍しく、生き物かどうかも分からない点が受けて、NHK、TBSが取り上げた。9月下旬には東京・池袋の西武百貨店で「展示会」が開かれ、カメラを持った子どもたちが押し寄せた。朝日新聞の首都圏版の電話投稿欄も、1か月のあいだケサランパサランの話で持ちきりだったという[1]。

自分でも研究をしていた阿蘇和夫は、この時期の報道を年表にまとめた。それによると、1977年7月8日のNHK「朝のスポットライト」で、宮城県気仙沼市の個人の家に伝わるものと、孝勝寺という寺に伝わるもの、2つのケサランパサランが中継された。1957年から1988年までに阿蘇が集めた記事や番組など80件のうち、56件が1977年から1981年の5年間に集中している[1]。

1980年には先に挙げた『ケサランパサラン日記』が出て、1982年には絵本『てんさらばさら てんさらばさら』も生まれた[1]。飯倉は、ケサランパサランをよく知っているのが1960〜70年代生まれの世代に多いのは、こうした紹介によるものだろうと書く[1]。

ブームは数年で静まった。それでも名前は消えなかった。飯倉によれば、子どもたちの間の怪談ブームは10年ほどの周期で繰り返し、1990年代の「学校の怪談」ブームの中では、マンガ『地獄先生ぬ〜べ〜』にもケサランパサランが登場した。化粧品のブランドや、店や団体の名前にも使われるようになる。1990年代の後半からは、インターネット上にケサランパサランを観察し、飼い、分け合う愛好家のサイトがいくつも生まれた[1]。

ここで大事なのは、ブームの中で「ケサランパサラン」と呼ばれるものの中身が変わったことだ。旧家の箱の中の毛玉だけでなく、空をふわふわ飛ぶ植物の綿毛も、ケサランパサランとして扱われるようになった。阿蘇によれば、子どもたちが探し回った「ケサランパサラン」は、主にキク科の植物、特にアザミの冠毛だったらしい[1]。

04正体その1:風に乗る植物の綿毛

日本気象協会のコラムは、ケサランパサランの目撃が増えるのは7月ごろから秋にかけてだと書く[16]。ちょうど、多くの野の草が綿毛の付いた種を飛ばす季節だ。

空を漂うケサランパサランの正体として、今いちばんよく挙がるのが植物の綿毛だ。中でも名前が出るのが、ガガイモというつる草だ。秋に実が割れると、白く長い毛を付けた種がこぼれ出し、風に乗って飛んでいく。

ガガイモの緑色の実と、淡い桃色の花
CC BY-SA 3.0ガガイモの若い実と花。実が熟して割れると、綿毛の付いた種が出てくる。韓国・富平で撮影。撮影:Dalgial。CC BY-SA 3.0。 / Wikimedia Commons

和歌山県の宇久井ビジターセンター(吉野熊野国立公園)は、園地のあちこちに落ちている白い綿毛を「ケサランパサラン?」と題して紹介し、正体はつる性植物の種子だったと書いている。候補に挙がるのは、園地に生えるシタキソウ、テイカカズラ、サカキカズラだ。あわせて、言葉の区別も説明している[14]。

ちなみに、果実に付く綿毛を冠毛(かんもう)、種子に付く綿毛を種髪(しゅはつ)と言うそうです。

タンポポやアザミの綿毛は、実に付いた「冠毛」。ガガイモの綿毛は、種そのものに生えた「種髪」だ。ふだんはどちらも「綿毛」と呼ぶが、植物としては作りが違う。

指でつまんだ茶色い種から、白い絹のような毛が四方に広がっている
PDガガイモと同じキョウチクトウ科の北米の植物、オオトウワタの種髪。種1つに細い毛が束になって付いている。撮影:Tangopaso。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

アザミも代表的な候補だ。札幌市の月寒公園は2019年、園内で見つけたケセランパサランの正体をアザミの冠毛だったと報告し、調べるとアザミが一番見つけやすいケセランパサランのようだ、と書いている[15]。日本気象協会のコラムは、ヨーロッパ原産の帰化植物セイヨウオニアザミの冠毛が大きくて丸く、人が近づくわずかな風でも浮かび上がるため、意思を持って逃げているように見える、と説明している[16]。

放射状に広がる白い毛の中心に小さな実が付いた、アザミの冠毛
CC BY-SA 2.5アザミの一種、セイヨウトゲアザミの冠毛。1つの実から細い毛が放射状に広がる。撮影:André Karwath aka Aka。CC BY-SA 2.5。 / Wikimedia Commons
草むらに引っかかった、たくさんのアザミの冠毛
CC BY-SA 3.0セイヨウオニアザミの冠毛のかたまり。撮影:Rasbak。CC BY-SA 3.0。 / Wikimedia Commons

綿毛は、部屋の中でもかすかな空気の流れで動く。2021年には埼玉県秩父市の家に綿毛のようなものが次々と舞い込み、容器に入れて眺めるとゆらゆら動くので「もしかしてケサランパサラン?」と近所の話題になった、と東京新聞が伝えた[18]。「勝手に動く」「人から逃げる」という言い伝えは、綿毛ならではの性質とよく合う。

05正体その2:動物の毛玉と「天から降る」話

一方で、旧家の箱に伝わってきた毛玉は、植物の綿毛とは様子が違う。1952年の報告では「兎の尾の先を切ったような形」で、白い毛がびっしり生えていた[2]。『宮城県百科事典』は、直径6〜7センチの白か灰褐色の毛の玉だとしている[12]。

こちらの正体として挙がるのが、動物の毛だ。『日本怪異妖怪大事典』は、動物質のテンサラバサラを、捕食されたウサギの毛皮の一部が雪の上で乾いて丸くなったもの、と説明している[11]。キツネやワシなどにウサギが食べられたあと、残った皮が縮んで、毛を外側にして丸まる、という考え方だ。

公園の地面に座る茶色いノウサギ
CC BY-SA 3.0ニホンノウサギ。茨城県つくば市で撮影。撮影:Materialscientist。CC BY-SA 3.0。 / Wikimedia Commons

飯倉によれば、研究者の阿蘇和夫は1993年の著書で、ケサランパサランを4つの型に分けた。I型は植物の冠毛、II型はウサギの毛の付いた皮が乾いたもの、III型は動物の結石(ヘイサラバサラ)、IV型は「ケシ真珠」と呼ぶ鉱物の玉だ。つまり、研究者の分類の中でも、ケサランパサランは最初から何種類もの物の寄せ集めとして扱われていた。阿蘇は、ウサギの毛皮を乾かしてテンサラバサラを作る方法で特許も取っていたという[1]。

もう1つの候補が、猛禽類(ワシ・タカ・フクロウの仲間)のペリットだ。猛禽は獲物を丸のみし、消化できない毛や骨を固めて口から吐き出す。日本気象協会のコラムは、箱に収められた毛玉の正体を、猛禽がウサギやテンを食べたあとに吐き出した未消化物が丸く乾いたものともいわれる、と紹介している。ただし、はっきりとは分かっていない、と書き添えている[16]。

切り株の上に置かれた、灰色の毛と白い骨のかけらが固まったフクロウのペリット
CC BY 2.0フクロウのペリット。獲物の毛の中に骨のかけらが混じる。イギリスで撮影。撮影:gailhampshire。CC BY 2.0。 / Wikimedia Commons

山形県鶴岡市の加茂水族館には、ケサランパサランが常設で展示されている[13]。持ち主は水族館の名誉館長、村上龍男で、2020年の毎日新聞の写真特集には、村上が手のひらにのせて見せる姿が載っている[9]。日本気象協会のコラムによれば、展示の説明では、ケサランパサランは天から降りてくるものとされている[16]。

鳥の羽が候補になることもある。静岡県の掛川花鳥園のスタッフは、園内を漂う白い毛玉を「ケサランパサラン」と呼んで追いかけ、正体は鳥の綿羽(ダウン。表面の羽の下に生える、保温用のふわふわの羽)だと種明かしした。記事の最後は、こう締めくくられている[17]。

本物のケサランパサランではございません。おしろいを与えても増えませんのでご注意ください。

加茂水族館の毛玉については、「村上名誉館長が1990年ごろ月山のふもとで拾い、展示では猛禽類のペリットだと説明している」とする紹介がネット上に多い。出典とされる毎日新聞2020年8月20日の記事は、該当部分が有料で読めず、今回は確かめられなかった。兵庫県の姫路市立動物園が「猛禽類が吐き出した羽根の塊」をケサランパサランとして展示している、という話も、動物園の公式な説明は見つからなかった。また、山形大学の生物学者、中沢信午がケサランパサランの毛を調べた記録(『心霊研究』1997年5月号)があるが、閲覧が限られており、結果の中身は確かめていない。

06名前はどこから来たのか

「ケサランパサラン」という不思議な名前には、いくつもの由来が語られている。いちばん古い記録を持つのは、先に出た「ヘイサラバサラ」説だ。『宮城県百科事典』の記述を、山梨県立図書館がこう引いている[12]。

語源は『大言海』にはポルトガル語のヘイサラバサラ(PedraBazoar)で、獣類の胎内に生ずる結石の意とある。最近、植物の冠毛を同類であるかのように言っているが、全く類を異にするものである。

ヘイサラバサラは、ヨーロッパで解毒の薬とされた動物の結石「ベゾアール」のことだ。江戸時代の日本でも知られていて、漢字では「鮓答」と書いた。滝沢馬琴らの『兎園小説』には、馬の亡骸から出てきた玉の話がある[7]。

その玉は鮓答またはへいさらばさらと言い、雨乞いに使う。

「テンサラバサラ」「ケサラバサラ」「ヘイサラバサラ」と音はよく似ている。ただ、音が似ているから同じものだ、と言えるわけではない。『宮城県百科事典』自身、毛の玉と植物の冠毛は「全く類を異にする」と書いている。毛の玉と結石も、本来は別物だ[12]。

ほかにもいくつかの説がある。スペイン語の「ケ・セラ・セラ(なるようになる)」から来たという説、仏教の言葉「袈裟羅・婆裟羅(けさら・ばさら)」から来たという説は、月寒公園の紹介記事などで語られている[15]。東北地方の言葉だという説もあり、『江戸幻獣博物誌』はこう書く[11]。

一説によると東北地方で不可解なモノを指す

日本気象協会のコラムは、「ずんぐりむっくり」「ちんぷんかんぷん」のように、似た音を重ねて覚えやすくした言葉だろうと見ている[16]。今回調べた範囲では、どの説も、言葉の歴史をたどって確かめた研究は見つからなかった。確かなのは、1950年代の山形では「テンサラバサラ」、宮城の一部では「ケサラバサラ」「ケセランパサラン」と、土地ごとに少しずつ違う名前で呼ばれていたことだ[12][5]。

07正体は1つではない:名前が集めたもの

ここまでの話をまとめると、ケサランパサランの正体は1つに決まらない。図書館が引く『47都道府県・妖怪伝承百科』も、はっきりこう書いている[10]。

世間で一般的にケサランパサランなどとして認識されているものは、基本的には動物の毛玉、球状の鉱物、植物の綿毛の3種に大別できる。

では、なぜ別々のものが同じ名前で呼ばれるようになったのか。『日本怪異妖怪大事典』の説明を、神戸市立中央図書館はこう引いている[11]。

形状・名称・性質の類似から昭和時代に「同一のもの」とされるようになり、メディアを通じてそのイメージが広がり、伝承されるようになった存在といえる

説根拠評価
植物の綿毛(ガガイモの種髪、アザミの冠毛など)国立公園の施設や公園が、実際に拾った「ケサランパサラン」を植物の綿毛と確かめている。1970年代のブームで探されたものの多くもこれだった[14][15][1]有力
動物の毛玉(獣の毛皮の一部・猛禽のペリットなど)旧家に伝わる「兎の尾のような」毛玉の説明として、事典や研究者が挙げる。ただし、伝わってきた現物を調べた公開の報告は見つからなかった[11][1]有力
動物の結石(ヘイサラバサラ=ベゾアール)名前の由来としては古い記録がある。しかし毛の玉と結石は物として別で、同じものとは言えない[12]否定的
白粉を食べて増える生き物育てた記録はあるが、増えたことを確かめた調べは見当たらない。綿羽を相手に「増えません」と書く園もある[10][17]否定的
雷と一緒に天から降ってくる1952年の報告と2020年の取材の両方に出てくる言い伝え。何が降るのかを確かめた資料はない[2][8]確かめられず

名前が指すものは、植物と動物だけにとどまらない。飯倉は、福島県で聞き取った話を紹介している。1922年生まれの女性は、田植え前の稲の苗にぶら下がる、小さくて白い俵の形をしたものを「ケセランパサラン」と呼んでいた。知人が「珍しいもの」として持ってきたのだという。女性自身は、虫の巣で、そのうち蛾になって出てくるのだろう、と話している[1]。東京都中野区の男性は、家にあった白い「宝珠の玉」が白粉を食べると聞き、それがケサランパサランだったのだと気づいた、と語った[1]。

飯倉の論文は、この流れを「名付け」の働きとして説明している。はじめに「ケサランパサラン」という名前と、「白粉を食べて増える」「幸運を呼ぶ」という知識がある。その知識を持った人が、アザミの冠毛やウサギの毛を見つけたとき、それを「ケサランパサランだ」と見つけ出す。名前が先にあり、それに合うものが後から集まってくる、というわけだ[1]。

手元の白い毛玉が何なのかを確かめる目安は、そう難しくない。ルーペで中心をのぞき、小さな種や実が付いていれば植物の綿毛だ。毛の根元に乾いた皮が付いていれば獣の毛皮のかけら、毛の中に小さな骨や歯が混じっていれば猛禽のペリットを疑える。羽軸(羽の芯)から細い枝毛が広がっていれば、鳥の綿羽だ。どれにも当てはまらない毛玉が見つかれば、それこそ詳しく調べる価値がある。

そう考えると、「正体は植物か、動物か」という問いそのものが、少しずれていることになる。東北の旧家が箱にしまってきた毛玉も、秋の野原を漂うガガイモの綿毛も、それを見た人が「ケサランパサラン」と呼んだときに、ケサランパサランになった。白い毛玉の正体を知りたければ、手の中のそれが何の毛なのかを、1つずつ確かめるしかない。

星形の淡い桃色の花をつけたガガイモ
CC BY-SA 4.0ガガイモの花。夏に咲き、秋に綿毛の種を飛ばす。福島県会津地方。撮影:Qwert1234。CC BY-SA 4.0。 / Wikimedia Commons
資料どうしの食い違い:大阪市立中央図書館のレファレンス回答は、2006年の論文の著者を「板倉義之」と書いているが、論文PDFの表記は「飯倉義之」だ。絵本『てんさらばさら てんさらばさら』の年は、飯倉の論文は1982年、神戸市立中央図書館の回答は福音館書店の1988年版を挙げている。月刊誌での初出と単行本の違いと思われるが、確かめていない。日本気象協会のコラムにある「ガガイモ説は岩手県の山形村で噂されたのが始まり」という話も、裏付けとなる資料が見つからなかったので本文では扱わなかった。

出典・参考資料

  1. 飯倉義之「「名付け」と「知識」の妖怪現象―ケサランパサランあるいはテンサラバサラの一九七〇年代―」『口承文藝研究』29号, 日本口承文藝學會, 2006年3月, 124–137頁. https://ko-sho.org/download/K_029/SFNRJ_K_029-10.pdf(閲覧 2026-10-04)↩
  2. 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」番号2180282(出典:佐藤光民「テンサラバサラ」『民間伝承』16巻1号, 1952年, 25–26頁). https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=2180282(閲覧 2026-10-04)↩
  3. 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」番号2180283(出典:佐藤光民「テンサラバサラ」『民間伝承』16巻1号, 1952年). https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=2180283(閲覧 2026-10-04)↩
  4. 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」番号2180284(出典:佐藤光民「テンサラバサラ」『民間伝承』16巻1号, 1952年). https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=2180284(閲覧 2026-10-04)↩
  5. 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」番号1461276(出典:東洋大学民俗研究会『小泉の民俗―宮城県本吉郡旧小泉村―』1982年). https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=1461276(閲覧 2026-10-04)↩
  6. 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」番号1461220(出典:東洋大学民俗研究会『小泉の民俗―宮城県本吉郡旧小泉村―』1982年). https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=1461220(閲覧 2026-10-04)↩
  7. 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」番号3390040(出典:滝沢馬琴「兎園小説」『日本随筆大成 第二期』1巻, 吉川弘文館, 1973年). https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=3390040(閲覧 2026-10-04)↩
  8. 長南里香「1年に1度しか見ちゃダメ? 幸運もたらす謎の毛玉「ケサランパサラン」」毎日新聞, 2020年8月20日. https://mainichi.jp/articles/20200820/k00/00m/040/012000c(閲覧 2026-10-04)↩
  9. 毎日新聞「1年に1度しか見ちゃダメ? 幸運もたらす謎の毛玉「ケサランパサラン」[写真特集]」2020年8月20日. https://mainichi.jp/graphs/20200820/mpj/00m/040/002000f/1(閲覧 2026-10-04)↩
  10. レファレンス協同データベース「ケサラン・パサランを捕まえた。何を食べるのかなど、飼育方法を知りたい。…」提供:大阪市立中央図書館, 2023年. https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000336587(閲覧 2026-10-04)↩
  11. レファレンス協同データベース「「ケサランパサラン」とはどんなものか。」提供:神戸市立中央図書館, 2020年. https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000292851(閲覧 2026-10-04)↩
  12. レファレンス協同データベース「ケサランパサランとは何か知りたい」提供:山梨県立図書館, 2003年. https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000001094(閲覧 2026-10-04)↩
  13. つるおか観光ナビ「おいしい庄内空港から行く!鶴岡のミステリアススポット」. https://www.tsuruokakanko.com/course/7063(閲覧 2026-10-04)↩
  14. 宇久井ビジターセンター(吉野熊野国立公園)「ケサランパサラン?」自然情報, 2024年1月28日. https://www.ugui-vc.jp/nature_info/5016/(閲覧 2026-10-04)↩
  15. 月寒公園「月寒公園のケセランパサラン」お知らせ, 2019年8月5日. https://tsukisamu-park.jp/news/2019/08/21868/(閲覧 2026-10-04)↩
  16. 日本気象協会 tenki.jp「妖精?妖怪?目撃相次ぐ謎生物「ケサランパサラン」とは何なのか?」2021年7月21日. https://tenki.jp/suppl/kous4/2021/07/21/30524.html(閲覧 2026-10-04)↩
  17. 文一総合出版「掛川花鳥園スタッフのゆるゆる自由研究 【ケサランパサラン】」note. https://note.com/bunichi_books/n/n7174fe30cc40(閲覧 2026-10-04)↩
  18. 東京新聞「もしかして、ケサランパサラン? 秩父の浅賀さん宅で微妙に動く毛玉」2021年. https://www.tokyo-np.co.jp/article/86215(閲覧 2026-10-04)↩

この記事は、公開されている資料をもとに編集部が書いています。引用した文章と画像は、出典と引用元へのリンクを添えています。英語の資料の訳は当サイトによるものです。誤りに気づいた方は、目撃情報フォームからお知らせください。