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検証UMA日本の事件

ニューネッシーの正体
1977年・瑞洋丸事件を資料から読み直す

1977年、日本のトロール船がニュージーランド沖で、首の長い巨大な死骸を引き揚げた。日本中が「首長竜が生きていた」と沸いたこの事件は、翌年の論文集でほぼ答えが出ている。それでも今も「未解決」と語られるのはなぜか。残された資料を一つずつ読み直す。

文 未確認生物研究所 編集部公開 2026年10月3日約9分で読めます出典 9件

この記事の要点

  • 死骸は船上で約1時間調べたあと海に戻された。残った証拠は写真5枚、2か月後に描かれたスケッチ、ヒレの繊維42本だけ
  • 1978年の論文集では、9本の論文の多くがサメ(ウバザメ)説。繊維のアミノ酸組成はウバザメとほぼ一致した
  • ウバザメは腐るとあごとエラが先に落ち、「小さな頭と長い首」の形になる。同じ取り違えは1808年から世界各地で起きている
  • 「騒動を受けて首長竜の記念切手が出た」という話は誤り。切手は国立科学博物館の創立100年記念だった

011977年4月25日、ニュージーランド沖で何が揚がったか

1977年4月25日、大洋漁業(現在のマルハニチロ)のトロール船「瑞洋丸」は、ニュージーランド南島のクライストチャーチ沖でサバを獲っていた。水深およそ300メートルから揚げた網に、魚ではないものがかかっていた。長さ10メートルほどの、ひどく腐った死骸だった[1]。

船の上は強い臭いに包まれた。乗っていた社員の矢野道彦さんは、最初「腐ったクジラだ」と思ったという。ところが、海へ戻そうと吊り上げた死骸がロープから外れて甲板に落ち、近くで見ることになった。細い首の先に小さな頭があり、胴の両側に大きなヒレがついていた[1]。

ここで船は一つの判断をする。死骸を持ち帰らず、海に捨てることにしたのだ。

the captain and crew agreed that the foul-smelling corpse should be thrown overboard to avoid spoiling the fish catch.

船長と乗組員は、獲った魚が傷まないよう、悪臭を放つ死骸を海に捨てることで合意した。

捨てる前のおよそ1時間で、矢野さんは船の仲間から借りたカメラで写真を5枚撮り、メジャーで長さを測り、ヒレの先からひげのような繊維を抜き取った[1]。この事件について、のちに人が手にできた証拠はこれで全部だ。

場所の書き方について 英語の資料は「クライストチャーチの東約30マイル(約48km)」と書き、日本語の資料には「南東約100km」とするものがある。スケッチに書き込まれた座標がどちらの船の記録なのかを含め、ネット上の資料だけでは決められなかった。この記事では「クライストチャーチ沖」とだけ書いている[2]。

02残された証拠は何だったか:写真5枚、スケッチ、42本の繊維

帰国した矢野さんの写真は、会社の暗室で現像された。いちばんよく知られているのが、クレーンで吊られた死骸を横から写したこの1枚だ。

瑞洋丸の船上で吊り上げられた死骸の写真
引用1977年4月25日、瑞洋丸の船上で撮られた死骸。撮影:矢野道彦。Kuban「Sea-Monster or Shark?」掲載の写真より引用。 / 引用元

写真では、垂れ下がった細長い部分が「首」に、その先の塊が「頭」に見える。ただ、腐敗が進んでいて、骨の形や皮膚の様子までは読み取れない。写真だけで首長竜かどうかを決めるのは難しい。

計測値は、矢野さんのスケッチに書き込まれている。全長およそ10メートル、首1.5メートル、頭45センチ、尾2メートル、重さ約1.8トン[1]。この数字とスケッチが、のちに「首長竜そっくり」という印象を決定づけた。

ところが、このスケッチには大事な事情がある。描かれたのは引き揚げから約2か月後で、しかも骨は目で見ていなかった。

骨格は直接、目で見て確認したわけではなく、体の上から足で踏んだ際の感触によって想像して描いたものなのだという

これは、超常現象の検証を続けている本城達也さんが、矢野さん本人に取材して確かめた話だ[2]。スケッチは、記憶と手ざわりから起こした「再現図」として読む必要がある。

3つ目の証拠が、ヒレの先から抜いた繊維だ。ナイロンのように硬く、半透明の淡い茶色をしていた。持ち帰ったのは42本とされる[1]。写真ともスケッチとも違い、この繊維は実験室で調べることができた。結論を左右したのは、結局この繊維だった。

031977年夏の騒動と、「首長竜の切手」の誤解

瑞洋丸事件の時系列(1977年4月の引き揚げから1978年7月の論文集刊行まで)
図解瑞洋丸事件の時系列(タップすると大きく開きます)。図:編集部作成。

事件が日本で報じられたのは、引き揚げから3か月近くたった1977年7月20日だ。朝日新聞はこの日の朝刊で「南太平洋にネッシー?!」と大きく伝えた[3]。同じ日の紙面には「世紀の大発見だ なぜ捨てた」という反響の記事も載った[3]。

騒ぎは海外にも広がった。アメリカでは新聞や雑誌が次々に取り上げ、日本ではおもちゃの模型も作られたと記録されている[1]。研究者の意見も割れた。古生物学者の鹿間時夫さんは、通信社の取材にこう答えたと伝えられている。

It has to be a plesiosaurus. These creatures must still roam the seas off New Zealand feeding on fish.

首長竜に違いない。この生き物は今もニュージーランド沖の海で、魚を食べて暮らしているはずだ。

一方で、早い段階から「ウバザメではないか」という声もあった。7月29日の朝日新聞には、サメの解体を20年続けてきた人が「正体はウバザメだ」と指摘する記事が載っている[3]。

この夏の話として、よく「騒動を受けて首長竜の記念切手が発行された」と語られる。だが、これは正しくない。1977年11月2日に出た切手は「国立科学博物館100年」の記念切手で、描かれていたのは日本で見つかったフタバスズキリュウの骨格だった[5]。博物館の創立100年が、たまたま騒動と同じ年に重なっただけだ。英語圏の資料にも、騒動のための切手として書いているものがあるので注意したい[1]。

国立科学博物館に展示されているフタバスズキリュウの化石
CC BY 2.0国立科学博物館に展示されているフタバスズキリュウ。1977年の記念切手に描かれたのは、この首長竜の骨格だった。作者:Dick Thomas Johnson。CC BY 2.0。 / Wikimedia Commons

041978年の論文集を開く:9本の論文は何と言ったか

騒動を受けて、東京水産大学の学長だった佐々木忠義さんの呼びかけで、生化学、魚類学、古生物学などの研究者が集まった。成果は1978年、日仏海洋学会から論文集『瑞洋丸に収容された未確認動物について』として出ている[4]。日本語と英語の両方で書かれた83ページの冊子だ。

この節の資料について 論文集の本文は、ネット上では公開されていない。所蔵は東京海洋大学附属図書館や国立科学博物館など3館で確認できる[4]。この記事の論文の内容は、論文集を直接引用している Kuban の論考と本城さんの記事による。

Kuban によれば、論文は9本。そのうち決め手になったのが、東京水産大学の木村茂さんらによる繊維の分析だ。繊維をつくるアミノ酸の組成を調べ、既知のウバザメのヒレの繊維と比べたところ、20種類のアミノ酸がほぼ一致した[1]。サメのヒレの繊維に特有の成分(チロシン)が多い点まで同じだった[1]。論文はこう結論している。

These results strongly suggest that this unidentified creature is a basking shark or closely related species

これらの結果は、この正体不明の生物がウバザメか、それに近い種であることを強く示している。

骨の形から考えた論文も同じ方向を向いていた。古生物学者の長谷川善和さんと、魚類学者の上野輝彌さんは、40センチという短い肋骨はサメの軟骨の肋骨でしか説明できないこと、首長竜ならこの程度の腐り方で上あごと歯が残るはずなのに見当たらないことを挙げた[1]。

From the osteological point of view, we conclude that this creature does not belong to the plesiosaurian reptiles.

骨学の立場から、この生物は首長竜類には属さないと結論する。

すべての論文がそろって「ウバザメ」と言い切ったわけではない。化石の爬虫類と比べた論文は、サメ説への疑問をいくつも並べたうえで「当てはまる既知の化石爬虫類はない」とした[1]。本城さんは、論文集全体が「結論は出なかった」という印象を持たれたのは、編者の佐々木さんの序文の立場によるもので、個々の論文の多くはサメ説だったと整理している[2]。

論文集の締め切りのあとにも証拠は増えた。東京医科歯科大学で行われた免疫の実験では、ニューネッシーの繊維とウバザメの繊維だけが互いに反応した[2]。1978年3月には、別の日本の漁船がほぼ同じ海域で似た死骸を揚げ、持ち帰った頭の骨と背骨の鑑定で大型のサメと判定されている[2]。

05なぜ首長竜に見えたのか:ウバザメの「偽首長竜」

口を大きく開けて泳ぐウバザメ
PD生きているウバザメ。全長10メートルを超えることもある、世界で2番目に大きい魚。撮影:Greg Skomal(NOAA Fisheries)。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

ウバザメは、ジンベエザメに次いで大きい魚だ。大きな口でプランクトンをこしとって食べる。生きている姿は首長竜にまったく似ていない。似てくるのは、死んで腐ったあとだ。

大きく口を開けたウバザメの展示模型
CC BY-SA 2.0口を大きく開けたウバザメ(展示模型)。口の奥にエラがずらりと並び、頭の大部分を占めている。作者:Etee。CC BY-SA 2.0。 / Wikimedia Commons

When the basking shark decays, the jaws and loosely attached gill arches often fall away first, leaving the appearance of a long neck and small head

ウバザメが腐ると、あごと、ゆるくつながったエラの骨組みが先に落ちることが多い。すると長い首と小さな頭のように見える。

ウバザメの死骸が、あごとエラを失って首長竜のような形になる過程の図
図解ウバザメの死骸が「首長竜」に見えるまで。図:編集部作成(Kuban の解説をもとに作図)。

ウバザメの頭は、大きなあごとエラが大半を占めている。それが落ちると、細い背骨と小さな頭の骨だけが残り、「首」と「頭」に見える。さらに、骨の支えがない尾びれの下半分や背びれも先に崩れやすい。残るのは胸びれと腹びれの4枚で、ちょうど首長竜の「4枚のヒレ」に重なる[1]。このように首長竜そっくりになったサメの死骸は「偽首長竜(pseudo-plesiosaur)」と呼ばれる[1]。

体の比率も手がかりになる。瑞洋丸の死骸は、頭と首、胴、尾がおよそ2対6対2だった。首長竜の化石はどれも、これほど首が短く胴が長くはない。尾の先を失った10メートルのウバザメなら、ほぼこの比率になる[1]。

首長竜プレシオサウルスの化石骨格の図版
PD首長竜(プレシオサウルス・ドリコデイルス)の化石の図版。首の骨がいくつも連なり、首だけで体の長さのかなりの部分を占める。作者:J. Dinkel。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

同じ取り違えは200年前から起きていた

ストロンゼーの怪物を描いた1808年のスケッチ
PD1808年、スコットランドのストロンゼー島に打ち上げられた「ストロンゼーの怪物」のスケッチ。作者:Sir Alexander Gibson。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

1808年、スコットランドのオークニー諸島ストロンゼー島に、長い首と6本の脚のようなものを持つ死骸が流れ着いた。エディンバラの学者は大海蛇の証拠だと主張して学名まで付けたが、ロンドンの解剖学者が保存された骨を調べ、腐ったウバザメだと判定した。この論争は2022年、王立協会の科学史の学術誌で改めて検討されている[6]。

海岸に打ち上げられたウバザメ
CC BY-SA 2.0海岸に打ち上げられたウバザメ。死んだあと時間がたつと、あごやエラの部分から崩れていく。作者:Des Colhoun。CC BY-SA 2.0。 / Wikimedia Commons

その後も1970年のアメリカ・マサチューセッツ州、1996年のロードアイランド州など、「首長竜の死骸」がウバザメだった例は繰り返し報告されている[1]。瑞洋丸の事件と同じ1977年の9月には、北海道の根室にもウバザメの死骸が流れ着き、瑞洋丸の死骸によく似た姿だった[1]。論文集の一本は、これを「自然が行った実験」と呼んだ。

The results of this experiment undertaken by nature support the view that the Zuiyo-maru carcass was a giant shark that has lost its jaws and gill arches.

自然が行ったこの実験の結果は、瑞洋丸の死骸があごとエラの骨組みを失った巨大なサメだったという見方を支持する。

海の怪物の死骸が、調べてみれば既知の動物だった例はサメに限らない。チリなどで見つかった巨大な肉塊「グロブスター」は、顕微鏡、化学、DNAの分析で、クジラの脂肪の層の残りだと分かっている[8]。

06首長竜説の論拠を、一つずつ確かめる

首長竜説の側からは、今もいくつかの論拠が挙げられる。主なものを、反論とあわせて並べた。

説根拠評価
ニュージーランド沖にウバザメはいない国際的なサメの専門家グループの分布図では、ニュージーランド周辺もウバザメの生息域に入っている[2]否定的
ヒゲのような繊維はサメにないあの繊維はヒレの「中」にある筋で、フカヒレになる部分。皮が腐って外に出ていた[2]否定的
後ろのヒレが大きかった矢野さん本人が、当時の取材に「どちらかといえば前の方が大きい」と答えている[2]否定的
首と尾に四角い骨があったスケッチの骨は、踏んだ感触から想像したもの[2]否定的
背びれがない写真に、ずれた背びれの付け根が写っていると指摘された[1]否定的
アンモニアの臭いがしなかった長く海水につかっていて洗い流された可能性がある[1]確かめられず

前後のヒレの大きさについて、矢野さんは報道当時、次のように話している。

前ヒレと後ろのヒレの差はほとんどなかったと思う。どちらかといえば前の方が大きい。

どの論拠も、残された写真とスケッチの「読み方」に頼っている。一方、ウバザメ説には、実験室で確かめた繊維の分析と、何度も繰り返された類例がある。証拠の重さには、はっきりした差がある。

07それでも「未解決」と語られ続けた理由

答えがほぼ出ていたのに、ニューネッシーは長く「謎の生物」として語られてきた。Kuban は、その理由の一つをこう書いている。

Unfortunately, the 1978 reports received less public attention than the original "sea-monster" stories.

残念なことに、1978年の報告は、最初の「海の怪物」の話ほどには注目されなかった。

1977年夏の報道は朝刊の大見出しだった。翌年の論文集は、学会の冊子として83ページにまとめられただけだ。最初の驚きだけが記憶に残り、結論は届かなかった。

もう一つの理由は、「首長竜が最近まで生きていた」という話が、地球の歴史は短いと考える一部の創造論者に都合がよかったことだ。1978年以降、この事件は欧米の創造論の出版物で繰り返し使われた[1]。ただし、のちには創造論の団体自身がウバザメ説を支持する論文を出し[7]、「使うべきでない議論」の一覧にこの事件を加えている。

This carcass was almost certainly a rotting basking shark, since their gills and jaws rot rapidly and fall off, leaving the typical small ‘neck’ with the head.

この死骸は、ほぼ確実に腐ったウバザメだった。ウバザメはエラとあごが早く腐って落ち、頭の先に小さな「首」が残る典型的な形になる。

最後に、この事件のいちばん大きな教訓は、Kuban も書いているとおり、骨を一つでも持ち帰っていれば話はすぐに終わっていた、ということだろう[1]。死骸は1時間で海に戻り、残ったのは写真と記憶と42本の繊維だけだった。その繊維が語ったのは、首長竜ではなく、ウバザメの名前だった。

出典・参考資料

  1. Glen J. Kuban「Sea-Monster or Shark? An Analysis of a Supposed Plesiosaur Carcass Netted in 1977」TalkOrigins Archive, 1997–1998(初出 NCSE Reports 17(3):16–28, 1997). https://talkorigins.org/faqs/paluxy/plesios.html(閲覧 2026-10-03)↩
  2. 本城達也「南海の怪獣『ニューネッシー』」超常現象の謎解き, 2016年公開・2020年更新. https://www.nazotoki.com/newnessie.html(閲覧 2026-10-03)↩
  3. 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「かつて、マルハの漁船が謎の生物(ネッシー?)の死骸を網で引き揚げたことがあった…」(朝日新聞1977年7月20日朝刊ほかの掲載面を確認した事例). https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000175488(閲覧 2026-10-03)↩
  4. 佐々木忠義 編『瑞洋丸に収容された未確認動物について』日仏海洋学会, 1978年, 83p.(CiNii Books の書誌・所蔵情報). https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA52858921(閲覧 2026-10-03)↩
  5. 切手の博物館「切手旅 第13回『福井の恐竜』」. https://kitte-museum.jp/kenkyu/kittetabi/kittetabi013/(閲覧 2026-10-03)↩
  6. Bill Jenkins「The ‘Stronsay Beast’: testimony, evidence and authority in early nineteenth-century natural history」Notes and Records: the Royal Society Journal of the History of Science 77(3):471–494, 2022. https://doi.org/10.1098/rsnr.2021.0050(閲覧 2026-10-03)↩
  7. Pierre Jerlström, Bev Elliott「Letting rotting sharks lie」Journal of Creation 13(2):83–87, 1999. https://creation.com/en/articles/letting-rotting-sharks-lie(閲覧 2026-10-03)↩
  8. S. K. Pierce ほか「Microscopic, biochemical, and molecular characteristics of the Chilean blob and a comparison with the remains of other sea monsters: nothing but whales」The Biological Bulletin 206(3):125–133, 2004. https://doi.org/10.2307/1543636(閲覧 2026-10-03)↩
  9. Creation Ministries International「Arguments we think creationists should NOT use」creation.com. https://creation.com/en/articles/arguments-we-think-creationists-should-not-use(閲覧 2026-10-03)↩

この記事は、公開されている資料をもとに編集部が書いています。引用した文章と画像は、出典と引用元へのリンクを添えています。英語の資料の訳は当サイトによるものです。誤りに気づいた方は、目撃情報フォームからお知らせください。