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テケテケはどこから来たか
上半身だけの怪異が名前を得るまで

夕方の廊下に、上半身だけの何かがいる。目が合うと、ひじで床を打ちながら「テケテケ」と迫ってくる。学校の怪談の中でも、とくに子どもを怖がらせてきた話だ。ところが記録をたどると、テケテケは最初から「テケテケ」だったわけではない。各地にばらばらにいた「上半身だけのもの」が、一つの名前にまとまっていく過程が見えてくる。

文 未確認生物研究所 編集部公開 2026年10月7日約12分で読めます出典 20件
床すれすれの低い位置から見た、木の床が長く続く学校の廊下
CC BY 3.0秋田県由利本荘市の旧八島中学校の1階廊下(2008年撮影)。テケテケの話の多くは、こうした学校の廊下や校庭を舞台に語られてきた。撮影:Douglas P Perkins。CC BY 3.0。 / Wikimedia Commons

この記事の要点

  • 「下半身のない人が追ってくる」話は、1986年の民俗学の論文に東京の中学生の話として記録がある。ただし、この時期の記録には「テケテケ」という名前は出てこない
  • 「テケテケ」の名は沖縄で早くから使われていたという説がある。90年代の「学校の怪談」ブームの中で、各地の「パタパタさん」「肘かけ女」などがテケテケの名にまとまっていったとみられる
  • 「北国の踏切で女子高生が…」という前日譚は、もとは別の話だった。室蘭が発祥という話について、札幌市中央図書館は文献を確認できず、北海道新聞の50年分の記事にも似た事故は見つからなかった
  • 口裂け女が1979年に半年で燃え上がって消えた「騒動」だったのに対し、テケテケは学校の中で長くゆっくり語り継がれてきた。2005年の調査では、話を聞いた小学生の多くが「寄り道をせずに早く帰ろう」と受け止めていた

01上半身だけで追ってくるもの

テケテケは、下半身のない姿をした怪異だ。男の場合も女の場合もある。足がないので歩かず、ひじをついて進む。その動きがとても速く、進むときに「テケテケ」と音がするので、この名で呼ばれるという[1]。

よく語られる形は二つある。一つは、校舎の窓から校庭の子どもたちを見ている女の子がいて、呼びかけると、下半身のない姿で窓から迫ってくる、というもの。もう一つは、話を聞いた人のところにテケテケが現れて足を奪う、というもので、こちらには「テケテケがなぜ生まれたか」という前日譚が付くことが多い[1]。

この記事では、話を語り直すことはしない。知りたいのは記録だ。上半身だけの怪異は、いつごろから、どこで語られていたのか。「テケテケ」という名前はいつ付いたのか。よく聞く「北海道の踏切事故」は本当にあったのか。そして、同じく子どもを震え上がらせた口裂け女とは、どこが似ていて、どこが違うのか。民俗学の論文、国際日本文化研究センター(日文研)のデータベース、図書館の調査記録を手がかりにたどる。

02記録に残る「上半身だけの子」

日文研の「怪異・妖怪伝承データベース」には、民俗学の論文や報告書に載った話が、要約の形で集められている。ここで「下半身」「上半身」を引くと、学校を舞台にした話がいくつも見つかる。

早いものは1986年だ。民俗学者の常光徹(つねみつ・とおる)さんが『昔話伝説研究』に書いた論文「学校の世間話」に、東京の女子中学生から聞いた話が載っている。ある女子高の教室で亡くなった女の子の霊が出るという話で、結末はこうだ[2]。

下半身がない上半身だけの女の子が手で這いつくばって追いかけてくるという。

1990年には、相模民俗学会の雑誌『民俗』に、横浜市の中学校の「七不思議」の一つが記録された[3]。

屋上に出る階段に下半身のない女の人の幽霊が出ることがあり、もしこの幽霊をみるとどこまでも追いかけてくるという。

1999年の栃木の記録では、もと小学校だった公園で、鉄棒に両腕を乗せている「上半身だけの人」と目が合うと、ものすごい速さで追いかけてくる、という高校生の話が採られている[4]。

ここまでの記録には、共通点と空白がある。共通点は「下半身がない」「目が合うと追ってくる」「速い」という骨組みだ。空白は名前で、どの記録にも「テケテケ」という呼び名は出てこない。データベースで「テケテケ」の名が付いた記録は、2001年の論文に載った神戸の高校の話が一件あるだけだった[5]。

鏡の中にいるテケテケさんと目があうと追いかけられる。

日文研のデータベースは、論文や報告書から拾える話を集めたもので、子どもの噂のすべてを網羅しているわけではない。だから「1980年代にテケテケという名前はなかった」とまでは言えない。言えるのは、研究者が書き留めた80年代の話では、上半身だけの怪異はまだ名前のない「何か」だった、ということだ。

ここで使った記録について 日文研のデータベースは論文の要約で、元の論文そのものは今回読んでいない[2][3][4][5]。常光さんはのちに、学校で語られる怪談を集めて論じた『学校の怪談:口承文芸の展開と諸相』(1993年)を出している[11]。

03沖縄で生まれた名前?

「テケテケ」という名前はどこから来たのか。都市伝説の収集と研究を続ける朝里樹(あさざと・いつき)さんは、『月刊ムー』2024年8月号の記事で、先行する本を並べて検討している[1]。その一つが、都市伝説を集めたWebサイトを運営していた松山ひろしさんの本『カシマさんを追う』(2004年)だ[9]。

松山ひろし著『呪いの都市伝説 カシマさんを追う』によれば、テケテケは沖縄県が発祥の地になっている可能性が高く

根拠の一つは、松山さんのサイトに寄せられた投稿だ。1980年の沖縄で語られていたという話で、公園の近くに止めてある車の屋根に頬杖をついてこちらを見ている少年がいて、しばらく見ていると上半身だけで「テケテケ〜」と近づいてくる、というものだった。沖縄の言葉のイントネーションで「テケテケェ〜」「テクテクゥ〜」などと呼ばれていたという[1]。

コンクリートの大きなすべり台に、大勢の子どもたちが登って並んでいる白黒写真
CC BY 2.0沖縄の高原(たかはら)小学校の校庭のすべり台(1960年ごろ)。テケテケの名は、沖縄の子どもたちの間で早くから使われていたという説がある。撮影:米海兵隊(George W. Ellis Collection)。USMC Archives。CC BY 2.0。 / Wikimedia Commons

もう一つは、1994年に出た池田香代子さんらの『ピアスの白い糸』だ[7]。朝里さんによると、この本は日本民話の会の『学校の怪談13』をもとに、「テケテケ」の名が付いた上半身の怪異は初めは沖縄にとても多かった、と書いている。ただ『学校の怪談13』には、名前の違う上半身の化け物も多く載っていた。鹿児島の「パタパタさん」、滋賀の「コトコトさん」、神奈川の「カタカタ」などだ。これらは下半身を失ったいきさつが語られないか、ただの幽霊として語られ、男の人やおじいさんの姿のものも多かった[1]。

年代で違った呼び名

呼び名は、土地だけでなく、語る人の年齢でも違っていた。朝里さんは、1996年の渡辺節子さん・岩倉千春さんの『夢で田中にふりむくな』[8]の記述を、こう紹介している[1]。

当時、大人が語るのは肘かけババア、コツコツばばあといった老婆、大学生、高校生あたりは肘子さん、肘かけ女といった若い女性、そして小中学生が語るのはテケテケやパタパタなのだと記されている。

おとなには「おばあさん」、若者には「若い女」、子どもには「テケテケ」。同じ「上半身だけで追ってくるもの」が、世代ごとに別の名前と姿で語られていたことになる。朝里さんは、ここから一つの見方を示している[1]。

90年代は学校の怪談がメディアなどで盛んに取り上げられたこともあり、テケテケの名前が上半身のみの姿をした怪異の名前として定着し、ほかの怪談と統合されていったのではないだろうか。

90年代の初めは、たしかに「学校の怪談」の本が次々に出た時期だ。常光さんの講談社KK文庫『学校の怪談』シリーズは1990年に始まり[13]、日本民話の会もポプラ社から『学校の怪談』のシリーズを出した[19]。口承文芸を研究する国学院大学の飯倉義之さんも、80年代末から90年代初めの都市伝説ブームは、子どもたちのうわさ話をテレビや雑誌が拾って盛り上がったものだったと説明している[18]。

子どもの噂を大人が集めて本にし、その本を読んだ別の土地の子どもが、また噂を語る。この往復の中で、覚えやすく音の面白い「テケテケ」が、各地の名前を押しのけていったと考えると、記録の空白とつじつまが合う。

沖縄発祥説の弱いところ 1980年の沖縄の話は、のちにWebサイトへ寄せられた思い出話で、当時の記録ではない[1]。『学校の怪談13』と『ピアスの白い糸』の該当箇所は、今回は直接読めておらず、朝里さんの記事による孫引きである。松山さんのサイトの名前は、朝里さんの記事では「現代奇談」、2012年の文庫の内容紹介では「現代奇譚」と書かれていて、表記が分かれる[1][10]。

04「北国の踏切事故」という前日譚

テケテケの話でいちばん広く知られているのは、たぶん前日譚のほうだ。冬の北海道で、女子高生が踏切で列車にはねられ、体が上下に分かれてしまう。あまりの寒さで血が止まり、すぐには死ねずに這い回った、というものだ。運転士が恐怖で亡くなる、などの続きが付くこともある[1][15]。

雪が降る中、踏切の前で軽トラックが止まり、その向こうを新幹線が通過している
CC BY 2.0雪の踏切(山形県村山市の奥羽本線、2013年2月撮影)。前日譚は「冬の北国の踏切」を舞台にすることが多いが、特定の場所や事故は確かめられていない。撮影:Syuzo Tsushima。CC BY 2.0。 / Wikimedia Commons

ところが朝里さんは、この前日譚はもともとテケテケの話ではなかったと書いている[1]。

前日譚として語られる踏切事故で女子高生が轢断される怪談も、もとは別の都市伝説だった。

踏切事故の話は、運転士がその場でショック死する、現場で声が聞こえる、といった形で、テケテケとは別に語られていた。怪談研究家の吉田悠軌(よしだ・ゆうき)さんは、それがテケテケやカシマさんと互いに影響し合った可能性を指摘している[15]。上半身だけの怪異に「なぜそんな姿になったのか」という説明が欲しくなったとき、近くにあった踏切事故の話が、ちょうど合う部品として組み込まれた、と考えられる。

室蘭発祥説を図書館が調べた

ネット上では、テケテケは北海道の室蘭が発祥だ、という話も広く出回っている。これについて、2020年に札幌市中央図書館が利用者からの質問に答えた記録が、国立国会図書館の「レファレンス協同データベース」に残っている。質問は「Wikipediaなどでは室蘭が発祥とされているが、そう明記した文献はあるか」というものだった[14]。回答はこうだ。

調査したが確認出来ず。また、北海道新聞データベースから過去50年の北海道の列車事故について調査したが、室蘭市付近でテケテケの話に類似した事故は確認できなかった。

赤い大きな屋根の木造駅舎の前に、タクシーや乗用車が並んでいる
CC BY-SA 4.0移転前の室蘭駅(1993年撮影)。テケテケの発祥地としてネットで名前が挙がる町だが、図書館の調査では裏付けとなる文献も、似た事故の記事も見つからなかった。撮影:Suikotei。CC BY-SA 4.0。 / Wikimedia Commons

話の中身にも無理がある。日本語版Wikipediaは、寒さで血が止まったという部分について、次のように書いている[15]。

現実には「冬の北海道」の寒さ程度ではそのようなことは起こらないとされている。

ネットには、この前日譚に特定の少女の名前や年齢、学校名まで添えた版も出回っている。童謡「サッちゃん」に4番があるという噂と結び付けたものもある[15][16]。しかし、そうした人物や事故が実在したことを示す記録は、今回調べた範囲では一つも見つからなかった。この記事では、名前は挙げない。作り話の登場人物であっても、実在の事故と取り違えられて広まれば、本当に家族を亡くした人を傷つけることになるからだ。

05カシマさんと混ざり合う

テケテケを語るうえで避けて通れないのが「カシマさん」だ。カシマさんは、過去に起きた悲惨な事件の話を知ってしまった人のもとに、電話や夢で現れて謎かけをする。正しく答えられないと体の一部を奪われる、という話だ。話の始まりはいくつもあり、列車に関わるものも多い[17]。

「話を聞いた人のところに来る」「足を奪う」というテケテケの要素は、このカシマさんから来たとみられている[1]。英語版Wikipediaは、二つの話の前後関係をこう書く[16]。

The "Kashima Reiko" story predates that of Teke Teke

「カシマレイコ」の話は、テケテケの話より前からある。

同じ項目は、吉田悠軌さんが二つの話は互いに影響し合ったとみている、と続けている[16]。日本語版Wikipediaも、テケテケがカシマさんと同じものとして語られることがあると書く[15]。カシマさんの側の項目にも、テケテケの正体として語られることがある、とある[17]。どちらが元でどちらが借りたのか、境目はもうはっきりしない。

口裂け女の「本名」

このカシマさんは、口裂け女ともつながっている。日本語版Wikipediaの「カシマさん」の項目は、昭和のサブカルチャーに詳しいライターの初見健一さんの経験を紹介している[17]。

「口裂け女」の噂が日本全国の子供に流布した1978年以降に"二番煎じ"の形で流布し「口裂け女の本名はカシマレイコ」というとする流言を耳にした

口裂け女の騒ぎのあとに、その「本名」としてカシマレイコの名がささやかれた、という証言だ。カシマさんの話には、ほかにもいくつもの始まりが語られていて[17]、口裂け女からカシマさんへ、カシマさんからテケテケへ、という一本の系図を引くことはできない。それでも、子どもの怖い話どうしが名前や設定を貸し借りしながら育っていった様子はうかがえる。

06口裂け女と比べてみる

口裂け女とテケテケは、同じ「子どもを追いかけてくる怖い女」として並べて語られることが多い。どちらも足がとても速いとされ、どちらも一度聞いたら忘れられない姿をしている。しかし、記録をたどると、二つの話の生き方はかなり違う。

  • 始まり方:口裂け女は1978年の暮れの岐阜という、おおよその時と場所が分かる[18]。テケテケは80年代の各地の「上半身だけのもの」がばらばらに記録され、始まりの一点がない[2][1]
  • 広まり方:口裂け女は塾と口コミに乗って半年で全国へ走り、新聞が「騒ぎ」として報じた[18]。テケテケには、新聞を騒がせた流行の記録が見当たらない。90年代の本やテレビを通じて、ゆっくり名前がそろっていった[1][18]
  • 舞台:口裂け女は塾帰りの夜道に立つ「外の大人」だった。テケテケは廊下、階段、校庭、トイレの鏡と、学校の内側に住みついている[2][3][5]
  • 理由づけ:口裂け女にも、一揆の怨念や武士に斬られた妻など、あとから「本当の由来」がいくつも付け足された([口裂け女の半年間](../read/kuchisake-onna.html))。テケテケも、踏切事故やカシマさんの話を借りて、あとから理由を得た[1]

飯倉さんは、90年代初めに頂点を迎えた都市伝説ブームが、その後いったん静まったと話している[18]。口裂け女は「騒動」として燃え上がって消え、あとは昔話として残った。テケテケは騒動を経ずに学校の中へもぐり込み、七不思議の一つとして、毎年入れ替わる子どもたちに受け継がれてきた。2005年の調査では、口裂け女も流行から20年以上たって、なお過半数の小学生が知っていた[13]。二つの話は、違う道を通って、同じように長生きしている。

江戸の「胴切り」の怪談

口裂け女には、江戸時代の怪談に「口が耳まで裂けた女」がいたことから、古い先祖がいるという説がある。テケテケにも、似た古い話は見つかる。日文研のデータベースには、随筆『寐ものがたり』に載った、江戸城の堀、牛ヶ淵(うしがふち)での話が収められている。夜明け前に提灯を下げて通りかかった人が見たものは、こうだった[6]。

すっぱりと胴切りされた人の上半身があり、下半身はどこにもなかったという。

堀の水面と、その向こうに広がる緑の土手。手前の道を着物の女性や侍、馬に乗った人が行き交う浮世絵
PD三代歌川広重『東京名勝図会』より「九段坂の牛ヶ淵」(1870年ごろ)。江戸の随筆には、この堀のほとりで胴から下のない人の姿を見たという話がある。パブリックドメイン(ボストン美術館所蔵)。 / Wikimedia Commons

その人がもう一度同じ場所に戻ると、上半身は消えていたという[6]。ただし、この話の上半身は動きもせず、追いかけてもこない。「魔所」と呼ばれた場所の不気味な出来事として語られているだけだ。口裂け女の場合と同じく、江戸の話から現代のテケテケへ語り継がれてきたことを示す資料は、今回見つからなかった。体が二つに分かれた姿の怖さは、時代を超えて人が思いつくものなのだろう。

説根拠評価
80年代の各地の「上半身だけの怪異」がテケテケの名にまとまった80〜90年代の記録に名前のない話が多く[2][3]、各地の別名や世代ごとの呼び名も報告されている[1]有力
沖縄が「テケテケ」の名の発祥1980年の沖縄の話の投稿や『学校の怪談13』の傾向が根拠[1]。ただし当時の記録ではない確かめられず
北海道(室蘭)の実際の踏切事故が元明記した文献がなく、北海道新聞の50年分の記事にも似た事故がない[14]否定的
前日譚はもとは別の話で、あとから付いた踏切事故の話は別に語られていたとされる[1][15]有力
カシマさんの話と混ざり合った「話を聞くと来る」「足を奪う」要素の共通、研究者の指摘[1][16]有力
江戸時代の怪談が元似た姿の話はある[6]が、現代へつながる証拠がない確かめられず

07本と映画になったテケテケ、子どもの読み方

90年代、テケテケは本や漫画の中で何度も描かれた。常光さんが読者から学校の怪談を募って編んだ『みんなの学校の怪談』(講談社KK文庫)にも、テケテケが出てくる話がいくつも載っている[12][13]。1990年代の漫画『地獄先生ぬ〜べ〜』には、テケテケをもとにした回があり、「三日以内に忘れないと現れる」という触れ込みとともに、当時の読者に強い印象を残したとされる[15]。

2000年代に入ると、昔の都市伝説を集めたブログやサイトが人気になり、それが本になった[18]。松山ひろしさんのサイトもその一つで、のちに文庫化された本の内容紹介には、収めた話の例として「テケテケ」の名が挙がっている[10]。ネットは、テケテケの新しい話を生んだというより、昔の子どもの記憶を掘り起こして、もう一度広める役を果たした。

2009年3月21日には、映画『テケテケ』と、続編にあたる『テケテケ2』が同じ日に公開された。監督は白石晃士さん、1作目の主演は大島優子さんだ。映画では、赤いものを身につけて歩道橋を渡ると現れる、という独自の決まりが加えられている[20]。都市伝説の名前を借りながら、話の中身は作り手が新しく組み立てたものだ。

小学生はテケテケをどう読んだか

子どもたち自身は、テケテケの話をどう受け止めているのか。広島大学大学院の吉岡一志さんは2005年、中国地方の都市部にある二つの公立小学校で、3・4年生134人にテケテケの話を読み聞かせ、感想を尋ねた。使ったのは『みんなの学校の怪談』に載ったいくつかの話をつないだもので、テケテケを選んだ理由の一つは、出てくる理由がはっきりせず、ただ怖いだけの話だからだった[13]。

結果は興味深い。「こわい」と答えた子は71.6%、「おもしろい」も45.0%いた。そして感想を選んでもらうと、いちばん多かったのは「寄り道をせずに早く家に帰ったほうがよい」で、86.6%に上った[13]。大人が教訓を込めたわけでもない怖い話から、子どもたちは自分で「早く帰ろう」という教えを読み取っていた。吉岡さんは、子どもにとって妖怪はある程度の現実味を持つ存在なのだろうと考えている[13]。

記録をたどると、テケテケは一人の作者や一つの事件から生まれたものではなかった。各地の学校でばらばらに語られていた「上半身だけのもの」に、本が名前を与え、踏切事故とカシマさんの話が理由を与えた。口裂け女が夜道の大人への不安だったとすれば、テケテケは放課後の学校そのものの怖さを形にした話なのかもしれない。廊下の先から音が近づいてくる、という一つの場面だけで、この話は40年近く、子どもたちを早く家へ帰らせ続けている。

確かめられなかったこと 「テケテケ」という名前が印刷物に初めて出た時期と本は、特定できなかった。『みんなの学校の怪談』の刊行年は、国立国会図書館の書誌では1995年12月[12]、吉岡さんの論文では1996年と書かれている[13]。『地獄先生ぬ〜べ〜』のテケテケの回の掲載号は今回確かめていない。吉田悠軌さんの『昭和の不思議101』(2017年)と、ASIOSと廣田龍平さんの『謎解き「都市伝説」』(2022年)にもテケテケの検証があるが、今回は読めておらず、内容はWikipediaの記述による[15]。

出典・参考資料

  1. 朝里樹「上半身だけの怪異『テケテケ』はどこで生まれたのか?/学校の怪談」webムー, 2024年8月1日(『月刊ムー』2024年8月号より). 松山ひろし『呪いの都市伝説 カシマさんを追う』、池田香代子ほか『ピアスの白い糸』、渡辺節子・岩倉千春『夢で田中にふりむくな』を紹介している. https://web-mu.jp/history/44674/(閲覧 2026-10-07)↩
  2. 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」カード2470051「上半身だけの女の子」(出典:常光徹「学校の世間話―中学生の妖怪伝承にみる異界的空間―」『昔話伝説研究』12号, 1986年3月, 20頁. 話者は東京都の女子中学生). https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=2470051(閲覧 2026-10-07)↩
  3. 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」カード2210102「幽霊」(出典:林英一「学校の中の非日常空間の位相」『民俗』135号, 相模民俗学会, 1990年4月, 2頁. 神奈川県横浜市). https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=2210102(閲覧 2026-10-07)↩
  4. 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」カード0970096「上半身だけの人」(出典:久野俊彦「高校生が知っている不思議な話」『下野民俗』39号, 1999年3月, 45頁. 栃木県河内郡上三川町). https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=0970096(閲覧 2026-10-07)↩
  5. 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」カード2610026「テケテケさん」(出典:降井直人「現代人と世間話―トイレの怪談を中心にして―」『山陰民俗研究』6号, 山陰民俗学会, 2001年3月, 62頁. 兵庫県神戸市). https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=2610026(閲覧 2026-10-07)↩
  6. 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」カード6380014「魔所,(死体)」(出典:鼠渓『寐ものがたり』, 『続日本随筆大成』11巻, 吉川弘文館, 1981年, 61-62頁. 東京都千代田区). https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/youkai_card.cgi?ID=6380014(閲覧 2026-10-07)↩
  7. 池田香代子ほか『ピアスの白い糸:日本の現代伝説』白水社, 1994年11月(国立国会図書館サーチの書誌による). https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002374465(閲覧 2026-10-07)↩
  8. 渡辺節子・岩倉千春『夢で田中にふりむくな:ひとりでは読めない怖い話』ジャパンタイムズ, 1996年7月(国立国会図書館サーチの書誌による). https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002512324(閲覧 2026-10-07)↩
  9. 松山ひろし『カシマさんを追う:呪いの都市伝説』アールズ出版, 2004年11月(国立国会図書館サーチの書誌による). https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007771700(閲覧 2026-10-07)↩
  10. 松山ひろし『怖すぎる話:真夜中の都市伝説』イースト・プレス(文庫ぎんが堂), 2012年(国立国会図書館サーチの書誌と内容紹介による). https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000137-I9784781670713(閲覧 2026-10-07)↩
  11. 常光徹『学校の怪談:口承文芸の展開と諸相』ミネルヴァ書房, 1993年2月(国立国会図書館サーチの書誌による). https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002231405(閲覧 2026-10-07)↩
  12. 常光徹『みんなの学校の怪談:赤本』講談社(講談社KK文庫), 1995年12月(国立国会図書館サーチの書誌による. 同時に「緑本」も刊行). https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002454399(閲覧 2026-10-07)↩
  13. 吉岡一志「『学校の怪談』はいかに読まれているか―小学生へのアンケートをもとに―」『子ども社会研究』14号, 日本子ども社会学会, 2008年, 129-141頁. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jschildstudy/14/0/14_129/_article/-char/ja/(閲覧 2026-10-07)↩
  14. 国立国会図書館「レファレンス協同データベース」事例 1000280112「北海道に関する妖怪や都市伝説について調べている」提供館:札幌市中央図書館, 2020年. https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000280112&page=ref_view(閲覧 2026-10-07)↩
  15. 日本語版Wikipedia「テケテケ」(2026年5月18日版). 吉田悠軌「みんなカシマさんの話に震えた」『昭和の不思議101』大洋図書, 2017年、並木伸一郎『最強の都市伝説』経済界, 2007年 などを出典とする. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%B1%E3%83%86%E3%82%B1(閲覧 2026-10-07)↩
  16. English Wikipedia "Teke Teke"(2026年10月7日閲覧). https://en.wikipedia.org/wiki/Teke_Teke(閲覧 2026-10-07)↩
  17. 日本語版Wikipedia「カシマさん」(2026年10月7日閲覧). https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%9E%E3%81%95%E3%82%93(閲覧 2026-10-07)↩
  18. 飯倉義之(談)「『口裂け女』から『きさらぎ駅』まで―都市伝説の変容から振り返る昭和・平成の日本社会」nippon.com, 2019年12月27日. https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g00789/(閲覧 2026-10-07)↩
  19. 日本語版Wikipedia「学校の怪談」(2026年10月7日閲覧). https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%81%AE%E6%80%AA%E8%AB%87(閲覧 2026-10-07)↩
  20. 日本語版Wikipedia「テケテケ (映画)」(2026年10月7日閲覧). https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%B1%E3%83%86%E3%82%B1_(%E6%98%A0%E7%94%BB)(閲覧 2026-10-07)↩

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