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ツチノコ懸賞金の歴史
2億円・1億円は誰が、なぜ懸けたのか

「ツチノコを捕まえたら1億円」。そんな話を一度は聞いたことがあるはずだ。最高額は2億円。いくつもの町が賞金を懸け、何千人もが山に入った。けれど、その賞金が支払われた例は見当たらない。誰が、なぜ、いくら懸けたのか。自治体の要綱と新聞記事から、懸賞金の50年をたどる。

文 未確認生物研究所 編集部公開 2026年10月3日約6分で読めます出典 17件
岐阜県東白川村のつちのこ館の外観
CC BY-SA 4.0岐阜県東白川村の「つちのこ館」。撮影:Opqr。CC BY-SA 4.0。 / Wikimedia Commons

この記事の要点

  • 最高額は1992年、兵庫県千種町の2億円(生け捕り)。2005年の合併で廃止された
  • 有名な「1億円」は自治体ではなく、新潟県糸魚川市の民間団体「つちのこ探検隊」が懸けている
  • 今も自治体が懸賞を続けているのは、岐阜県東白川村(2026年度134万円)と岡山県赤磐市(要綱で毎年1万円ずつ増える)など
  • 「捕獲された」ツチノコは、鑑定するとヤマカガシなど既知の動物だった。懸賞金が支払われた例は確認できない

011億円は、誰が懸けているのか

「ツチノコを捕まえたら1億円」。この有名な賞金を懸けているのは、実は役所ではない。新潟県糸魚川市能生の地元有志がつくる「つちのこ探検隊」という民間の団体だ。2006年から毎年探検を続けていて、公式サイトにはこう書かれている[10]。

夢の賞金1億円を目指して、世界で初めての「つちのこ」の捕獲を、つちのこ探検隊のみんなでやろうではありませんか!!

では、自治体が懸けている賞金はどうか。今も公式のページや規則で確かめられるのは、岐阜県東白川村と岡山県赤磐市だ。東白川村は2026年度、134万円を懸けている[6]。赤磐市は「つちのこ懸賞金交付要綱」という正式な規則を持っていて、金額は毎年増え続けている[4]。

そして、どの記録をたどっても、懸賞金が実際に支払われた例は見当たらない。ツチノコが本物と認められたことが、一度もないからだ。

ツチノコ懸賞金の1973年から2026年までの年表
図解ツチノコ懸賞金の年表(タップすると大きく開きます)。図:編集部作成。

02名前の起源:神話の「ノヅチ」から『和漢三才図会』へ

ツチノコの古い呼び名の一つに「ノヅチ(野槌)」がある。この名前は、もともと『古事記』に出てくる野の神の別名だった。國學院大學の解説はこう書いている[16]。

別名の「野椎(のづち)」は、「野ツ霊」の意で、野の精霊と解される。

つまり神話のノヅチは、太いヘビの姿をした生き物ではない。それが動物として描かれるようになったのは、江戸時代の百科事典『和漢三才図会』(1712年序)だ。ヘビの部に「野槌蛇(のづちへび)」の項があり、挿絵まで付いている[17]。

和漢三才図会の野槌蛇の項。挿絵と見出し、説明文
PD『和漢三才図会』巻45の「野槌蛇」。右が挿絵と見出し、左が説明文。文政7年(1824)刊本。国立国会図書館デジタルコレクションより(パブリックドメイン)。 / 国立国会図書館デジタルコレクション

説明文には、深い山の木の穴にすみ、頭と尾が同じ太さで、柄のない槌(つち)に似ているので野槌と呼ぶ、とある。坂を下るときは速く、登るのは遅い、という今のツチノコ像にもつながる特徴も書かれている。

鳥山石燕が描いた野槌
PD鳥山石燕『今昔画図続百鬼』(1779年)の「野槌」。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

ただし、神話の野の精霊と、江戸の本の野槌蛇と、今のツチノコが同じものだと書いた古典があるわけではない。名前が受け継がれ、姿が付け足されていった、と読むのが正確だろう。

03最初の懸賞金:山本素石と「ツチノコ・ブーム」

ツチノコを全国区にしたのは、京都の釣り人で随筆家の山本素石だ。1959年に京都の山でツチノコらしきものを見たのをきっかけに、仲間と探索の会をつくり、手配書を作って賞金を付けた。1973年に出した本『逃げろツチノコ』は、最初のツチノコ・ブームの火付け役になった[13]。

本のタイトルどおり、素石の視線はどこか優しい。和樂webが紹介している本の結びには、こんな一節がある[13]。

「お前、やっぱり生きとったのか。よかったな。誰かが捕まえに来よらんうちに、はよう逃げろよ」

手配書の年について 素石たちの手配書を1963年とする資料と、1973年(昭和48年)とする資料があり、ネット上の資料だけでは決められなかった。

041988〜1992年、懸賞金で町おこし

ブームが二度目の山を迎えたのは、1980年代の終わりだ。今度の主役は自治体だった。神戸新聞は当時をこう振り返っている[1]。

1990年前後、千種町の2億円には及ばないものの、町おこしでツチノコの捕獲に100万円単位の賞金を懸ける自治体が相次いだ。

先がけの一つが奈良県下北山村だ。1988年4月、村は100万円の懸賞金を付けて「ツチノコ探検」を開いた。企画した元村議の野崎和生さんは、最初の前夜祭の様子をこう記録している[12]。

前夜祭の会場となったスポ-ツ公園には、16都府県からの参加者100名と29社80名の取材陣、村からの参加者50名が集まり

取材陣が参加者とほぼ同じ数いたことに、当時の熱気がよく表れている。岐阜県東白川村が懸賞を始めたのも、この時期だ。村の広報紙がヘビ年にちなんでツチノコを取り上げたのがきっかけだったという[8]。

ただ、こうした懸賞の多くは長く続かなかった。日本経済新聞は2018年、当時の懸賞の「その後」を追ってこう書いている[11]。

今回「その後」を探ったが、多くは市町村合併などを経て引き継がれることはなかったようだ。

05最高額2億円:兵庫県千種町の場合

懸賞金の最高額として知られるのが、兵庫県千種町(現在の宍粟市)の2億円だ。1992年、町は生け捕りに2億円を懸けた[3]。なぜ2億円だったのか。当時の町長の話を、神戸新聞が伝えている[1]。

当時の町長小原朗(あきら)さん(89)によると、津名町(現淡路市)が1億円相当の金塊を展示する町おこしで注目を集めており、対抗心から倍額に設定したそうだ。

一方、元町職員の話を伝えた記事もある。取材に来た記者に「捕まったら懸賞金は」と聞かれた町長が、とっさにこう答えたのが独り歩きした、というものだ[2]。

「年間の町税収入がだいたい2億円。払えない額ではないだろう」

2つの話は矛盾しない。隣町への対抗心があり、記者への答えがそのまま「町の懸賞」として広まった、ということだろう。ただし、2億円を定めた条例や要綱は、今回の調査では見つからなかった。千種町は2005年に合併して宍粟市になり、この懸賞も廃止された[3]。

ツチノコの懸賞金を1万円札で積み上げた高さの比較
図解懸賞金を1万円札で積み上げると。2億円は約2メートル、134万円は1センチあまり(タップすると大きく開きます)。図:編集部作成。

06懸賞金はなぜ毎年増えるのか

今も続く懸賞には、共通の仕掛けがある。誰も受け取らないまま、金額が少しずつ増えていくのだ。

いちばん規則がはっきりしているのが、岡山県赤磐市だ。旧吉井町が2000年に始めた懸賞を、合併後の市が要綱として引き継いでいる[4]。

懸賞金の額は、西暦2000年時点を2,000万円とし、以降西暦に合わせて毎年1万円ずつ加算した額とする。

この式で計算すると、2026年は2,026万円になる(市が公表している額ではなく、編集部の計算)。条件も細かく決まっている[4]。

市内で生け捕りしたものを対象とし、最初に持参した者に限るものとする。

岐阜県東白川村は、毎年春の「つちのこフェスタ」に合わせて賞金を1万円ずつ上げてきた。2026年度は134万円で、フェスタには2,000人を超える人が集まった[9]。村のページは、捕まえた人にこう約束している[7]。

つちのこが本物と確認できれば、賞金100万円 + αは貴方のものです。

増え続ける賞金は、それ自体が話題になる。「今年はいくらか」が毎年ニュースになり、人が集まる。懸賞金は、捕まえてもらうためというより、探しに来てもらうための仕組みになっている。

07捕まった「ツチノコ」の正体

懸賞が盛り上がると、「捕まえた」という知らせも届く。けれど鑑定に回されたものは、どれも既知の動物だった。

2000年5月、岡山県吉井町(現在の赤磐市)で「ツチノコらしきもの」が見つかった。大学の教授に鑑定を頼んだ結果は、次のとおりだった[5]。

一ヶ月後佐藤教授から鑑定結果が発表され、「ヤマカガシであろうけれども、確かに普通の蛇とは違う

この騒ぎをきっかけに、吉井町は2,000万円の懸賞を決めた[5]。2001年には兵庫県美方町(現在の香美町)で「ツチノコ」が捕まったが、専門家の鑑定でやはりヤマカガシと発表されている[15]。

落ち葉の上のヤマカガシ
CC0ヤマカガシ。獲物を飲み込んだり、お腹に卵を持ったりすると胴が太く見える。撮影:Alpsdake。CC0。 / Wikimedia Commons

獲物を飲み込んだヘビや、お腹に卵を抱えたヘビは、胴が太く短く見える。ほかに、ペットとして輸入されるアオジタトカゲの見間違いだという説もよく挙げられる。

草の上のアオジタトカゲの幼体
CC BY-SA 3.0アオジタトカゲ(幼体)。太い胴と短い脚が、遠目にはツチノコのように見えるとされる。撮影:Peripitus。CC BY-SA 3.0。 / Wikimedia Commons
説根拠評価
獲物を飲み込んだ・卵を持ったヘビ捕獲された個体の鑑定は、いずれもヤマカガシだった[5]有力
アオジタトカゲなどの見間違い太い胴と短い脚。輸入ペットが逃げた例が考えられるが、目撃と結びついた記録は少ない確かめられず
未知のヘビ体や骨が一度も見つかっておらず、鑑定に回ったものは既知の動物だけ否定的

動物の観察記録を書き続けている宮本拓海さんは、1988年以降のブームを「最初から客寄せ目的で始まった」ものだと評している[14]。

第2次ツチノコ・ブームの方は、最初から客寄せ目的で始まった明らかに人為的なブームです。

それでも、毎年春になると何千人もが山に入る。賞金を受け取った人はいないが、ツチノコを探す一日は、それ自体が町のお祭りになった。素石の「はよう逃げろよ」という一言は、半世紀たった今も、どこかで聞こえている気がする。

出典・参考資料

  1. 小川晶「新五国風土記 ひょうご彩祭【4】ツチノコを追って」神戸新聞NEXT, 2018年6月17日. https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/shingokoku/P20180617MS00112.shtml(閲覧 2026-10-03)↩
  2. おかゆう「生け捕り賞金2億円の伝説が再び? 兵庫県宍粟市がツチノコの聖地として再始動開始!」webムー, 2026年6月10日. https://web-mu.jp/history/64410/(閲覧 2026-10-03)↩
  3. ちくさええとこネッと「「つちのこ」ストーリー」. https://chikusatown.net/guide/page-5459/(閲覧 2026-10-03)↩
  4. 赤磐市「赤磐市つちのこ懸賞金交付要綱」平成17年3月7日告示第91号(赤磐市例規集). https://www1.g-reiki.net/akaiwa_reiki/reiki_honbun/r137RG00000596.html(閲覧 2026-10-03)↩
  5. 赤磐市 吉井支所 市民生活課「つちのこ情報 はじめに」. https://www.city.akaiwa.lg.jp/annai/yoshii/shiminseikatsu/shisei/tutinoko/2245.html(閲覧 2026-10-03)↩
  6. 東白川村「つちのこフェスタ」(同村公式サイト). https://www.vill.higashishirakawa.gifu.jp/syoukai/gaiyo/tsuchinoko/tsuchinokofesta/(閲覧 2026-10-03)↩
  7. 東白川村「つちのこ秘伝」. https://www.vill.higashishirakawa.gifu.jp/syoukai/gaiyo/tsuchinoko/hiden/(閲覧 2026-10-03)↩
  8. 岐阜新聞「きっと何かいる… ツチノコ目撃証言多数の東白川村を巡る」2023年5月1日. https://www.gifu-np.co.jp/articles/-/226800(閲覧 2026-10-03)↩
  9. 中京テレビNEWS「毎年恒例『つちのこ』本気捜索 賞金は134万円 岐阜・東白川村」2026年5月4日. https://news.yahoo.co.jp/articles/6e9af6574759ffd8642ba14ebc4e64abfe1f7ff5(閲覧 2026-10-03)↩
  10. 新潟県糸魚川市能生つちのこ探検隊 公式サイト. https://www.nunagawa.ne.jp/tsuchinoko/(閲覧 2026-10-03)↩
  11. 日本経済新聞「奈良・下北山村の『ツチノコ共和国』30年(もっと関西)」2018年8月16日. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34179340V10C18A8960E00/(閲覧 2026-10-03)↩
  12. 野崎和生「35年に渡る『ツチノコで村おこし』の記録」きなりと, 2024年11月. https://kinarito.net/journal/1740/(閲覧 2026-10-03)↩
  13. 里山企画菜の花舎「伝説のツチノコの正体って?!UMAブームを起こした山本素石に迫る」和樂web, 2022年11月2日. https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/209243/(閲覧 2026-10-03)↩
  14. 宮本拓海「いきもの通信 EXTRA 6 兵庫県美方町ツチノコ捕獲事件」2001年11月. https://ikimonotuusin.com/doc/E06.htm(閲覧 2026-10-03)↩
  15. 宮本拓海「いきもの通信 Vol.92[今日の事件]ツチノコ捕獲される!?」2001年8月. https://ikimonotuusin.com/doc/092.htm(閲覧 2026-10-03)↩
  16. 國學院大學「古事記ビューア」神名「鹿屋野比売神」. https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/shinmei/kayanohimenokami/(閲覧 2026-10-03)↩
  17. 寺島良安 編『倭漢三才図会』[32](巻45 龍蛇部)文政7年(1824)刊. 国立国会図書館デジタルコレクション, コマ18. https://dl.ndl.go.jp/pid/2569728/1/18(閲覧 2026-10-03)↩

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