ジャージー・デビルの正体
「13番目の子」の伝説と1909年の一週間
馬のような顔に、コウモリの翼、ひづめの足。アメリカ東部ニュージャージー州の森には「ジャージー・デビル」がすむという。リーズ夫人の13番目の子が怪物になった、という伝説は、どこから来たのか。1909年1月、新聞が一週間にわたって書き立てた騒動の中身は何だったのか。18世紀の暦と、当時の紙面を読み直す。

この記事の要点
- 伝説では、1735年ごろリーズ夫人が13人目の子を呪い、生まれた子が翼を生やして煙突から飛び去った。ただし印刷物での初出は1859年で、「リーズ夫人」にあたる実在の人物は確かめられていない
- 歴史家ブライアン・リーガルは、起源を17〜18世紀の暦作りダニエル・リーズと、その一家をめぐる宗教・政治の争いに求める。息子タイタンは、フランクリンに「幽霊」と書かれた
- 1909年1月16〜23日、雪の上の「ひづめの跡」を各紙が書き立てた。紙面には明らかな冗談も多く、学校や工場の休みは後年の本が伝える話で、当時の記事では確かめられなかった
- 騒動の最後には、フィラデルフィアの見世物小屋が「捕まえた怪物」を展示した。正体は手を加えたカンガルーだった
011909年1月、雪の上のひづめの跡
1909年1月16日の土曜日ごろから、ニュージャージー州南部とフィラデルフィア周辺で奇妙な話が広がった。雪の上に、ひづめのような足跡が点々と続いている。屋根の上にまで続いている、という話もあった[8][9]。
フィラデルフィア・インクワイアラー紙は1月21日の1面で「WHAT-IS-IT VISITS ALL SOUTH JERSEY(正体不明のものが南ジャージー中に現れる)」と書いた。足跡の写真を載せ、バーリントンの町では「ほとんどどの区画にも」跡があると伝えている[8]。
Hounds put on the trail refused to follow the tracks, and, with bristling hair and the picture of terror, ran home,
跡を追わせた猟犬は進もうとせず、毛を逆立て、おびえきった様子で家へ逃げ帰った。
この一文は、2019年にインクワイアラー紙が自社の1909年の紙面を読み直した記事からの引用だ。州都トレントンでは、市議会議員クローディアス・ウィーデンが夜中に戸をたたく音を聞き、朝になって家の前に足跡を見つけたと話した。猟銃を持った男たちが自警団を作った町もあった[9]。夜の外出を控えるよう呼びかけた自治体もあったという[4]。トレントン郊外ではマスクラットを獲るわな猟師も足跡を見たと話し、教会帰りの夫婦は物置の屋根で暴れる怪物を見たと語った[9]。
見た人の話はばらばらだった。2本足で歩いた、4本足だった、翼があった、カンガルーやオポッサムのような体だった。頭は馬にもコリー犬にも似ていた[8]。グロスターのネルソン・エバンス夫妻は、窓から10分ほど見たと話し、「コリー犬のような頭に馬のような顔、ツルのような後ろ足」と描写したと伝えられる[12]。

人々は、この怪物に古い名前を当てはめた。南ジャージーの年寄りが昔から話していた「リーズの悪魔(Leeds Devil)」だ[8]。歴史家ブライアン・リーガルによれば、「ジャージー・デビル」という名が定着するのは、この1909年の騒ぎのあとだという[1]。では、そのリーズの悪魔とは何だったのか。
この記事では、伝説を2つの層に分けて読む。一つは「リーズの悪魔」という古い名前がどこから来たのか。もう一つは、1909年の一週間に何が起き、なぜ「ジャージー・デビル」という今の姿ができあがったのか。前者は17〜18世紀の暦と宗教の争いに、後者は20世紀初めの新聞と見世物小屋に行き着く。
02「リーズ夫人の13番目の子」という伝説
よく知られた筋はこうだ。1735年の嵐の夜、海辺の集落リーズ・ポイントに住むリーズ夫人が、13人目の子を産もうとしていた。苦しいお産の中で、夫人は「この子は悪魔になればいい」と叫ぶ。生まれた子は普通の赤ん坊に見えたが、すぐに尾と翼が生え、叫び声を上げて煙突から夜の闇へ飛び去った[4]。
細かいところは語り手ごとに違う。13人目ではなく8人目だったり、犬の頭をしていたりする[5]。夫人は魔女で父親は悪魔だったという話や、独立戦争のころに英国兵と恋をした娘への罰だという話もある[4]。

古い話のように聞こえるが、記録をたどると意外に新しい。リーガルが確かめた範囲では、印刷物での初出は1859年5月の月刊誌アトランティック・マンスリーに載ったW・F・メイヤーの紀行文だ。メイヤーは森の住民を「Pine Rats(松林のネズミ)」と見下して書き、住民が信じる話としてリーズの悪魔にふれている[1]。
1905年には地元紙トレントン・タイムズが別の版を載せた。こちらではキャプテン・リーズとその妻が主人公で、時代は1808年。生まれた子は猿のような姿で、何年か家にいてから煙突を抜けて出ていく[1]。リーガルは、怪物の誕生に関わる人物を同時代の新聞に探したが、植民地時代から建国期の紙面には見当たらなかったと書いている[1]。
では「リーズ夫人」は実在したのか。候補はいくつか挙がっている。作家ビル・スプラウスは、リーズ・ポイントに住んだジャフェット・リーズの妻デボラに注目した。夫の遺言には12人の子の名がある[5]。ただ、「マザー・リーズ」と呼ばれた人を示す当時の記録は、まだ見つかっていない[4]。
03暦作りダニエル・リーズと「サタンの先触れ」
伝説に残る唯一の歴史の手がかりは「リーズ」という名前だ。リーガルはそこから、一人の実在の人物にたどり着いた。ダニエル・リーズ(1651〜1720年)である[1]。
Far from being a tale of a monstrous birth gone horribly awry, the story comes not from a blaspheming mother, but colonial era political intrigues, Quaker religious in-fighting, astrology, rumor mongering, almanac publishing, a cross-dressing Royal Governor, and a future Founding Father.
この話は、恐ろしい出産の物語などではない。神を冒涜した母親から生まれたのでもない。元にあるのは、植民地時代の政治の陰謀、クエーカー教徒の内輪もめ、占星術、うわさの流布、暦の出版、女装したと言われた王領総督、そして未来の建国の父だ。
リーズはイングランドから1670年代の終わりに渡ってきたクエーカー教徒で、デラウェア川沿いの町バーリントンに住んだ。測量の仕事で身を立て、植民地の議会にも入る。1690年代には大西洋岸の土地を手に入れ、長男に譲った。これがのちのリーズ・ポイントだ[1]。
1687年、リーズはニュージャージーで初めての暦(アルマナック)を出した。暦は、本の少ない植民地の農家にとって、天気や潮、種まきの目安を知る大切な読み物だった。リーズの暦も、月の満ち欠けや日の出入り、潮の時刻に加え、星座と体の部位を結びつける占星術の記号も載せた。ところが地元のクエーカーの集会は、これを「異教的だ」ととがめる。刷った暦は回収して処分することになった[1]。

リーズは表向き謝ったが、暦はやめなかった。翌1688年には神学と占星術をまとめた本『知恵の神殿』を出す。これも集会に封じられ、今は1冊しか残っていないという[1]。
傷ついたリーズは、やがて教団と正面からぶつかる。英国王の直轄となった植民地で、クエーカーに嫌われた総督コーンベリー卿の評議員になり、英国国教会に移った。そしてクエーカーの教えを批判する本を次々に出した[1]。
評議員としてのリーズは、選挙で選ばれたクエーカーの議員を宣誓させないよう総督に進言したという。1699年の『アメリカの荒野から鳴らされたラッパ』では、クエーカーはイエスの神性を否定し、王政にも背いていると責めた。自分が育った教団にとって、リーズは裏切り者になった[1]。
The almanac and his later publications earned him the ire of the Quakers, who would eventually dismiss him as “evil” and “Satan’s harbinger.”
暦とその後の出版物は、クエーカー教徒の怒りを買った。彼らはついにリーズを「邪悪」「サタンの先触れ」と切り捨てる。
「サタンの先触れ」は、1700年にクエーカーの論客ケイレブ・ピュージーが出した反論書の題だ。リーズは悪魔の手先として、活字で名指しされたことになる[1]。
当時、論敵を「悪魔」や「怪物」と呼ぶのは珍しいことではなかった。イングランドでは16〜17世紀から、奇形の子の誕生を描いたパンフレットが、敵対する宗派や政敵を攻撃する道具に使われていた。リーガルは、ひづめの足、かぎ爪、革のような翼、とがった尾という悪魔の絵姿も、ジャージー・デビルより前から出回っていたと指摘する[1]。

04フランクリンと「タイタン・リーズの幽霊」
1714年、ダニエルは暦を息子のタイタン・リーズ(1699〜1738年)に譲った。タイタンの代になると、もう一人の大物が現れる。フィラデルフィアの印刷屋ベンジャミン・フランクリンだ[1]。
フランクリンは1732年の暮れに『貧しいリチャードの暦』を売り出した。商売敵はタイタンの暦だった。フランクリンは、架空の編者リチャード・ソーンダースの名で、星の計算によればタイタンは1733年10月17日に死ぬ、と書いた。翌年の版では、こう振り返っている[6]。
I foretold the Death of my dear old Friend and Fellow-Student, the learned and ingenious Mr. Titan Leeds, which was to be on the 17th of October, 1733, 3 h. 29 m. P.M.
私は、親愛なる旧友にして同学の士、博学で才知あふれるタイタン・リーズ氏の死を予告した。1733年10月17日、午後3時29分のはずであった。
もちろんタイタンは生きていた。自分の暦でフランクリンを「愚か者でうそつき」とののしった[1]。するとフランクリンは、本物のタイタンならそんな無礼は言わない、だから彼はもう死んでいる、と言い返した[7]。
having receiv’d much Abuse from the Ghost of Titan Leeds, who pretends to be still living, and to write Almanacks in spight of me and my Predictions
タイタン・リーズの幽霊から、ずいぶん罵られた。この幽霊は、まだ生きているふりをして、私と私の予言に逆らって暦を書き続けている。

タイタンが本当に亡くなった1738年のあとも、フランクリンは「あの世からの手紙」を作ってからかい続けた[1]。笑いの種にされた側から見れば、家の名前と「死人」「幽霊」が結びつけられたことになる。リーガルは、伝説で怪物が生まれたとされる1730年代半ばが、この暦の争いとタイタンの死の時期に重なることに注目している[1]。
もう一つの材料が家の紋章だ。タイタンは1729年ごろから、暦の表紙にリーズ家の紋章を刷った。そこには翼のある竜のような生き物が描かれている。

The family crest had winged dragons on it. In a time when thoughts of independence were being born, these issues made the Leeds family political and religious monsters.
家の紋章には翼のある竜がいた。独立の考えが芽生えつつあった時代に、こうしたことが重なり、リーズ家は政治と宗教の上での「怪物」になった。
つまりリーガルの見立てでは、最初の「リーズの悪魔」は森の動物ではなく、人をおとしめるための呼び名だった。英国王の側についた一家への反感が、うわさとして森の村に残り、100年以上かけて怪物の話に変わっていった、というわけだ[3]。リーガルは、19世紀半ばまでにこの政治的な「悪魔」が先住民の信仰とも混ざり、森の精霊のようなものへ、さらに体を持つ獣へと姿を変えたと見ている[3]。
ただし、これは残された文書をつないだ推論でもある。「リーズ家の悪口がそのまま怪物の名になった」と書いた18世紀の文書が見つかっているわけではない。リーガル自身、植民地時代の新聞に怪物の話は出てこないと認めている[1]。現時点でもっとも資料に支えられた説だが、決着ではない。
05一週間の騒動:新聞は何を書いたか
話を1909年に戻そう。騒ぎはニュージャージーだけでは収まらなかった。デラウェア州ウィルミントンのイブニング・ジャーナル紙は、1月22日の1面で「怪物がデラウェアに来た」と伝えた[11]。
The uncanny creature known variously as the “air hoss,” the “Leeds devil,” “Jabbernosk” and the “Grosswauk” that has started all New Jersey and Pennsylvania has come into Delaware.
「エア・ホス(空飛ぶ馬)」「リーズの悪魔」「ジャバーノスク」「グロスウォーク」とさまざまに呼ばれ、ニュージャージーとペンシルベニアじゅうを騒がせた不気味な生き物が、デラウェアにやって来た。
記事によると、ブランディワイン村で警官フランク・ケインが真夜中に怪物と組み合った。逃げられはしたが、ケインはこう語ったという[10]。
he declares It had blazing green eyes, screeched like a loon and had a pelt like a horse.
彼によれば、それは燃えるような緑の目をして、アビのような声で鳴き、馬のような毛皮をしていた。
ところが同じ記事を読み進めると、調子が変わる。怪物はごみ箱や玄関の石段、ビールやコーヒーまで平らげたという。訪問中の「ベルギーの科学者」は、怪物はラテン語風の学名「コス・インゲニオルム」の生き残りだと語る。新聞社は網と水鉄砲を持たせた給仕を捜索に出した、とまで書いている[10]。読者が笑うことを前提にした、明らかな冗談だ。
当時の新聞が怪物に付けた名前も、遊び心にあふれていた。「ウォズル・バグ」「フライング・フーフ(空飛ぶひづめ)」「翼のある犬」「ジャバーウォック」などだ[9][8]。動物の専門家に話を聞き、プテロダクティルスだ、ミッシングリンクだと書いた記事もある[9]。地元紙トレントン・イブニング・タイムズは1月20日の1面に、翼とひづめを持つ竜のような怪物のマンガを添えた[1]。
インクワイアラー紙の2019年の記事は、この時代の新聞を読むときの注意を2つ挙げている。記者の倫理が今よりずっとゆるかったこと。そして、ライバル紙が載せた話には、真偽にかかわらず追いつこうとしたことだ[8]。
学校や工場は本当に休んだのか
この騒ぎについて、よく語られる話がある。人々が怖がって外に出ず、学校や工場が休みになった、というものだ。後年のまとめには、マウント・エフライムの学校で生徒が来ず休校になった、グロスターとヘインズポートの工場が従業員が来ずに閉まった、とある[12]。音楽誌ローリング・ストーンも「工場と学校が閉まった」と書く[13]。
ただ、こうした話のおもな出どころは、1976年に出たジェームズ・マクロイとレイ・ミラーの本『The Jersey Devil』とみられる。リーガルは、この本には脚注がなく、参照した新聞も一覧があるだけで個々の記事を示していないと指摘している[1]。今回の調査では、休校や工場閉鎖を伝える1909年当時の記事そのものは確かめられなかった。
懸賞金
懸賞金の話も同じだ。フィラデルフィア動物園が捕獲に1万ドルを懸けたという話は広く知られるが、インクワイアラー紙も「伝えられるところでは」と書くにとどめている[8]。一方、フィラデルフィアの興行師ジェイコブ・ホープは、怪物の正体は逃げ出した「オーストラリアの吸血鬼」だと発表し、500ドルの賞金を懸けたとされる[9]。この「吸血鬼」が、騒ぎの結末につながっていく。
06見世物小屋のカンガルー
1月22日、インクワイアラー紙の2面に「吸血鬼が行方不明、ジャージーは用心を」という見出しが載った。カンガルーとコウモリの合いの子である「オーストラリアの珍獣」が姿を消した、という記事だ。翌23日には、狩りの一行がフィラデルフィアのフェアモント公園でこの生き物を「捕まえた」と報じられる。名前は「カンゴウイング」。もちろん、実在しない動物だ[8]。
1月24日、9番街とアーチ街の角にあった「ダイム・ミュージアム」(10セントで入れる見世物小屋)の広告が出た。捕まえたリーズの悪魔を展示する、という内容だった[8]。
Crowds thronged to see the beast, which was actually a painted kangaroo with fake wings attached.
大勢がその獣を見に押し寄せた。実は、色を塗って作り物の翼を付けたカンガルーだった。
仕掛け人として名前が挙がるのが、元新聞記者で、長年この見世物小屋の宣伝係をしていたノーマン・ジェフリーズだ。ジェフリーズはのちに仕掛けを認めた。インクワイアラー紙は彼の死亡記事にこう書いている[8]。
Reports that the Jersey Devil had reappeared aroused his showman instinct and he used all the arts of a press agent to build up the belief in the legend.
ジャージー・デビルが再び現れたという報道が、彼の興行師としての勘を目覚めさせた。彼は宣伝係のあらゆる技を使い、伝説を信じさせる空気を作り上げた。
同じ死亡記事は、展示された怪物を「巧みに変装させたカンガルー」と書いている。見世物小屋はその後数週間で閉館したという[8]。ニューヨーク・タイムズは1月23日に「南ジャージーの冗談、終わる」という記事を載せ、仕掛けを報じたとされる[1][4]。
リーガルは、この騒動で「リーズの悪魔」という古い名が「ジャージー・デビル」に置きかわったと見る[1]。
By 1909 the name Leeds Devil was transformed, by carnival promoters, into Jersey Devil.
1909年までに、リーズの悪魔という名は、見世物の興行師たちの手でジャージー・デビルに変えられた。
ただし、足跡のすべてを見世物小屋の仕業と考える必要はない。リーガルによれば、1909年の報道は雪の上の奇妙な足跡から始まり、興行師はそこに便乗した[1]。足跡そのものについては、マクロイとミラーが、かつて南ジャージーにいたカナダヅル(サンドヒルクレーン)を候補に挙げている[9]。これも確かめようのない推測だ。
| 説 | 根拠 | 評価 |
|---|---|---|
| 森にすむ未知の動物 | 物証は一つもなく、目撃談の姿はばらばら。足跡を残した「本体」は捕まっていない[1] | 確かめられず |
| リーズ家への悪評が「リーズの悪魔」になった | 暦をめぐる争い、「サタンの先触れ」、フランクリンの「幽霊」など材料はそろう。ただし直接つなぐ18世紀の文書はない[1] | 有力 |
| 1909年の騒ぎは新聞と興行が大きくした | 冗談まじりの紙面、架空の「カンゴウイング」、宣伝係の告白[8][10] | 有力 |
| 学校・工場が休みになった | 後年の本やまとめに出てくるが、当時の記事では確認できなかった[12] | 確かめられず |
| 動物園が1万ドルを懸けた | 報道でも「伝えられるところでは」止まり[8] | 確かめられず |
| 足跡はカナダヅルなど鳥のもの | 鳴き声や作物荒らしは説明できるが、証拠はない[9] | 確かめられず |
07パイン・バレンズという土地、そしてホッケーチーム
怪物がすむとされる森は、ニュージャージー州南部の「パイン・バレンズ(不毛の松林)」だ。砂の多いやせた土地で畑には向かず、湿地からとれる沼鉄は、独立戦争のころ砲弾の材料にもなった[5]。

1978年、アメリカ議会はこの一帯を国内初の「国立保護区(ナショナル・リザーブ)」に定めた。広さは約110万エーカー(約4,500平方キロ)。7つの郡と56の自治体にまたがり、州の陸地の22%を占める。ボストンとリッチモンドの間の大西洋岸で、最大のまとまった緑地だ[14]。それでも中には70万人以上が暮らしている[15]。いまはハイキングやカヌーの名所で、森を歩く人たちは、ジャージー・デビルの話を半分楽しみながら道をたどる[4]。
ニューヨークとフィラデルフィアという大都市にはさまれながら、ここには深い森が残った。1859年のメイヤーが住民を見下して書いたように、外から来た人には「よくわからない土地」に見えた[1]。怪物の話が根を下ろす場所として、これほど似合う所はなかったのかもしれない。
怪物からホッケーチームへ
1982年、アイスホッケーのNHLチーム、コロラド・ロッキーズがニュージャージーに移ってきた。新しい名前は地元紙の公募で決まった[13]。
Local newspapers ran a contest, and more than 10,000 fans chose the nickname Devils
地元紙が名前を募集し、1万人を超えるファンが「デビルズ」を選んだ。
ニュージャージー・デビルズの「デビル」は、パイン・バレンズの怪物のことだ。のちに州議会議員が「より大きな名誉と敬意のため」として改名を求める決議を出したが、実らなかった。チームはスタンレー・カップを3度制している[13]。遊園地シックス・フラッグスには、その名を冠したジェットコースターもある[4]。
18世紀の宗教と政治の争いで「悪魔」と呼ばれた一家の名は、森の怪談になった。20世紀の初めには新聞と見世物小屋がそれを大きな騒ぎに仕立て、今では州の誇りとしてホッケーのユニフォームに描かれている。ジャージー・デビルの正体を一つに決めることはできない。ただ、この怪物を作り、育ててきたのが人間の言葉だったことは、残された紙面からはっきり読み取れる。
出典・参考資料
- Brian Regal「The Jersey Devil: A Political Animal」NJS: An Interdisciplinary Journal 1(1):79–103, 2015年. https://njs.libraries.rutgers.edu/index.php/njs/article/view/13(閲覧 2026-10-04)↩
- Brian Regal「The Jersey Devil: The Real Story」Skeptical Inquirer 37(6), 2013年11/12月. https://skepticalinquirer.org/2013/11/the-jersey-devil-the-real-story/(閲覧 2026-10-04)↩
- Brian Regal「The Jersey Devil in the Twenty-First Century」Johns Hopkins University Press Newsroom, 2019年7月31日. https://www.press.jhu.edu/newsroom/jersey-devil-twenty-first-century(閲覧 2026-10-04)↩
- Amy Briggs「The Devil went down to … New Jersey?」National Geographic History, 2022年10月27日. https://www.nationalgeographic.com/history/history-magazine/article/the-devil-went-down-to-new-jersey(閲覧 2026-10-04)↩
- Katherine Churchill「Birthing the Jersey Devil」JSTOR Daily, 2024年7月3日. https://daily.jstor.org/birthing-the-jersey-devil/(閲覧 2026-10-04)↩
- Benjamin Franklin「Poor Richard, 1734」(序文)Founders Online, National Archives. https://founders.archives.gov/documents/Franklin/01-01-02-0107(閲覧 2026-10-04)↩
- Benjamin Franklin「Poor Richard, 1735」(序文)Founders Online, National Archives. https://founders.archives.gov/documents/Franklin/01-02-02-0001(閲覧 2026-10-04)↩
- Joseph A. Gambardello「The Jersey Devil, the tale of a viral story from 110 years ago」The Philadelphia Inquirer, 2019年1月23日. https://www.inquirer.com/news/new-jersey/jersey-devil-history-fake-news-norman-jeffries-20190123.html(閲覧 2026-10-04)↩
- Jon Blackwell「1909: The devil went down to Jersey」The Trentonian「The Capital Century」. https://www.capitalcentury.com/1909.html(閲覧 2026-10-04)↩
- The Evening Journal(デラウェア州ウィルミントン)1909年1月22日, 1面. Chronicling America の OCR テキスト(Internet Archive の保存版で閲覧). https://chroniclingamerica.loc.gov/lccn/sn85042354/1909-01-22/ed-1/seq-1/(閲覧 2026-10-04)↩
- Library of Congress「Snallygasters and Cadborosauruses: Exploring American cryptids with Chronicling America」Headlines & Heroes, 2022年10月. https://blogs.loc.gov/headlinesandheroes/2022/10/american-cryptids/(閲覧 2026-10-04)↩
- Dave Juliano「Jersey Devil, USA」(DVRBS「The Jersey Devil Visits Camden」所収、Internet Archive の保存版). https://web.archive.org/web/20220125192324/http://dvrbs.com/camden/CamdenNJ-JerseyDevil.htm(閲覧 2026-10-04)↩
- Nick Ripatrazone「How New Jersey Devils Became Last Demonic Team in Pro Sports」Rolling Stone, 2016年10月27日. https://www.rollingstone.com/culture/culture-sports/how-new-jersey-devils-became-last-demonic-team-in-pro-sports-128268/(閲覧 2026-10-04)↩
- New Jersey Pinelands Commission「The Pinelands National Reserve」. https://www.nj.gov/pinelands/reserve/(閲覧 2026-10-04)↩
- National Park Service「New Jersey Pinelands National Reserve」. https://www.nps.gov/pine/index.htm(閲覧 2026-10-04)↩
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