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連載科学で検証検証

科学で検証する 第2回
ネス湖の水をくんで、DNAを調べた

生き物は、水の中にいるだけで、皮ふのかけらやふん、粘液を通じて自分のDNAを落としていく。その水をくんで調べれば、姿を見なくても、そこに誰がいたかが分かる。2018年、この「環境DNA」の方法で、ネス湖の生き物を丸ごと調べた研究者がいた。第2回は、その調査で何をして、何が見つかり、どう報じられたのかを、発表資料と本人の発言、そして肯定派の反論までそろえて確かめる。

文 未確認生物研究所 編集部公開 2026年10月4日約14分で読めます出典 15件
湖岸に残るアーカート城の廃墟と、奥に細長く続くネス湖
CC BY-SA 4.0ネス湖とアーカート城。湖は細長い谷に沿って続いている。撮影:Yair Haklai。CC BY-SA 4.0。 / Wikimedia Commons

この記事の要点

  • 2018年6月、ニュージーランドのオタゴ大学のニール・ジェメル教授らは、ネス湖で約250の水の試料をくんだ。水に残ったDNAを読み、世界のDNAデータベースと照らし合わせた
  • 爬虫類のDNAは一つも出なかった。サメ、ナマズ、チョウザメも見つからなかった。一方、ウナギのDNAはほぼすべての地点から出た
  • 「ネッシーは巨大ウナギかも」と大きく報じられたが、本人は「DNAから大きさは分からない」「ウナギのDNAから巨大ウナギと言うのは飛躍だ」と話している
  • 環境DNAは、いることは示せても、いないことは完全には示せない。それでも、首長竜の群れが今も湖にいるという説には、はっきり不利な結果だ。この方法は今、絶滅危惧種や外来種の調査で実際に使われている

01水をくめば、怪物の正体が分かるのか

ネス湖の怪物探しには、長い歴史がある。湖岸に何週間も張り込んで見張る。ソナー(音波の探知機)で湖を調べる。人工衛星を使って追う。どれも、怪物の「姿」をとらえようとする方法だった[4]。

2018年、まったく違う方法を持ち込んだ人がいた。ニュージーランドのオタゴ大学の遺伝学者、ニール・ジェメル教授だ。彼がやろうとしたのは、湖の水をくんで、その中に溶けているDNAを調べることだった。姿を見る必要はない。生き物が水に残していった「かけら」から、そこに何が住んでいるかを丸ごと調べる。

調査の1か月前、ジェメルは報道機関にこう語っている[3]。

I'm going into this thinking it's unlikely there is a monster, but I want to test that hypothesis

怪物はたぶんいないだろうと思って臨む。でも、その仮説を確かめたいんだ。

同じ記事で、ジェメルは「本当の発見は、外来種がどれだけ広がっているかといったことかもしれない」とも話している[3]。彼の目的は、怪物を見つけることより、湖の生き物の一覧を作ることにあった。ネッシーは、その方法を世の中に見せるための「入り口」だった。

この記事では、その調査で何をしたのか、何が見つかったのか、どう報じられたのか、そして結果から何が言えて何が言えないのかを、順に確かめる。連載の第1回「目撃談を確かめる5つの手順」で言えば、手順5「それでも残るものは、残す」の実例でもある。

02環境DNAとは何か

生き物は、生きているだけでDNAを外に落としている。はがれた皮ふ、うろこ、粘液、ふん、尿。そうしたものに含まれるDNAが、水や土の中にしばらく残る。これを「環境DNA」と呼ぶ。英語の environmental DNA を略して「eDNA」とも書く。

ジェメル自身は、2019年のラジオのインタビューで、方法をこう説明した[4]。

So we don't need to capture sea creatures. We just need to be able to get water samples that have been in close proximity to those organisms to collect small particles that they've shed

つまり、生き物を捕まえる必要はない。その生き物のすぐ近くにあった水をくめばいい。そうすれば、生き物が落とした小さな粒を集められる。

ボートの上から手袋をした手を水に入れ、試験管を並べたラックで水をくむ調査員。背後に高層ビル
PD環境DNAのための採水。米国魚類野生生物局の職員が、ボートからシカゴの水路の水を試験管にくんでいる(2017年)。撮影:Monica Blaser(米国魚類野生生物局)。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

始まりはウシガエルだった

水の中のDNAで、特定の動物がいるかどうかを確かめられる。これを初めて野外で示した研究の一つが、2008年にフランスの研究者たちが発表したものだ。調べたのは、外来種として問題になっているウシガエルだった。池の水からウシガエルのDNAの短い断片を探し、数が少ない池でも、いる池ではすべて見つけられた[11]。論文はこう書いている。

As the environment can retain the molecular imprint of inhabiting species, our approach allows the reliable detection of secretive organisms in wetlands without direct observation.

環境は、そこに住む種の分子の痕跡を保つことができる。だから私たちの方法を使えば、直接見なくても、湿地にひそむ生き物を確かに見つけられる。

この論文の著者の一人が、フランスのピエール・タベルレだ。10年後、ネス湖の水の試料を分析にかける準備をしたのは、このタベルレのいるグルノーブル・アルプ大学だった[8]。

DNAは、長くは残らない

水の中のDNAは、いつまでも残るわけではない。2011年の研究は、水槽と池からチョウザメやウシガエルのおたまじゃくしを取り除いたあと、水の中のDNAがいつまで検出できるかを調べた[12]。

DNA was detectable for less than one month in both conditions.

どちらの条件でも、DNAが検出できたのは1か月足らずだった。

これは長所でもあり、短所でもある。長所は、昔の死骸ではなく「最近そこにいた」生き物が分かることだ。短所は、少し前に通り過ぎただけの生き物は、もう見えなくなっている場合があることだ。この点は、あとでネス湖の結果を読むときに大事になる。

何が分かって、何が分からないか

日本でも環境DNAの研究はさかんだ。岐阜薬科大学の松丸大輔さんは、一般向けの解説で、作業の流れを次のようにまとめている。川や湖の水をくみ、フィルターでDNAを集め、特定のDNAの断片を増やして検出するか、まとめて配列を読み、生き物のDNAのデータベースと照らし合わせる[13]。そのうえで、限界も書いている。DNAが出てから消えるまでの時間や安定性ははっきりしておらず、採水の場所や天気、水温、生き物の活動時間も結果を左右する。そして、こうある[13]。

さらに、目標生物の状態(その生死や、成熟個体なのかどうか)までは判断することはできません。

生きているか死んでいるか、大人か子どもかは分からない。もちろん、体の大きさも分からない。DNAが教えてくれるのは、基本的に「その種のDNAが、そこにあった」ということだ。

03ネス湖でどう調べたか

調査は2018年6月に行われた[2]。チームはネス湖の観光船「ディープスキャン」に乗り、長さ約35キロの湖を移動しながら水をくんだ。オタゴ大学の発表によれば、試料は約250。湖の岸寄り、中央、そしていちばん深いところまで採った[1]。

協力企業のイルミナ社の記事は、もう少し詳しく書いている。一つの試料は1リットルの水で、3回ずつくんだ。深い湖底近く、水深220メートルからも採った。念のため、川でつながった周りのいくつかの湖でも水をくんだ[8]。

DNAを取り出し、読み、照らし合わせる

透明な囲いのある作業台で、手袋をした研究者がピペットで小さな試験管に液を分けている
PD野外で集めた環境DNAのフィルター試料から、DNAを取り出す作業(イエローストーン国立公園)。撮影:Jacob W. Frank(米国立公園局)。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

くんだ水からのDNAの取り出しは英国のハル大学で、配列を読む準備はフランスのグルノーブル・アルプ大学で行い、配列の読み取りはスイスの企業ファステリスがイルミナ社の機器で行った[1]。

使ったのは「メタバーコーディング」と呼ばれる方法だ。生き物の種類ごとに少しずつ違う、決まったDNAの短い区間を「バーコード」に見立てる。その区間だけを増やして、一度にまとめて読む。読めた配列を、世界中の研究者がためてきたDNAのデータベースと照らし合わせ、どの種のものかを決める[8]。

実験室の机に置かれた、白い箱形のDNA配列読み取り装置
CC0イルミナ社の卓上型のDNA配列読み取り装置(MiSeq)。ネス湖の調査で使われた機種そのものではない。撮影:Konrad Förstner。CC0(パブリックドメイン提供)。 / Wikimedia Commons

では、データベースにない未知の動物のDNAだったらどうなるのか。イルミナ社の記事は、近い仲間との似かたで見当がつくと説明している。たとえば首長竜(プレシオサウルスの仲間)のDNAなら、今のカメやワニなど爬虫類のDNAとかなり共通しつつ、ところどころで違っているはずだという[8]。肯定派のブログ筆者がジェメルに確かめたところでも、首長竜の目安として、ワニと鳥の中間くらいのDNAを想定していたという[10]。

2019年の報道では、読んだ配列は5億本を超えたとされている[6]。

04何が見つかったか

結果は2019年9月5日、ネス湖のほとりの村ドラムナドロキットで発表された[1][2]。まず、首長竜について。

We can't find any evidence of a creature that's remotely related to that in our environmental-DNA sequence data.

私たちの環境DNAの配列データの中に、それ(首長竜)と少しでも近い生き物がいる証拠は見つからない。

博物館の壁に展示された、首と尾の長い首長竜の化石の骨格
CC0首長竜の仲間(アティコドラコン・メガケファルス)の化石の骨格。英国レスターのニューウォーク博物館。撮影:Poliphilo。CC0(パブリックドメイン提供)。 / Wikimedia Commons

ラジオのインタビューでは、さらにはっきり言っている。巨大な海の爬虫類に合う配列は一つもなく、それどころか爬虫類のDNAそのものが試料から見つからなかった[4]。ほかの「大きな魚」説も調べた。グリーンランドザメなどのサメ、巨大なナマズ、チョウザメ。どれもDNAは出なかった[1]。

ウナギは、ほとんどどこにでもいた

作業台に置かれた、細長い体のヨーロッパウナギ
CC BY 4.0ヨーロッパウナギ。フランスの海洋研究所イフレメールの2019年の調査で捕獲された個体。撮影:Damien Delaunay(Ifremer)。CC BY 4.0。 / Wikimedia Commons

多く出たのは、ウナギのDNAだった。ジェメルによれば、ウナギのDNAはほとんどすべての採水地点から見つかった[1]。肯定派のブログ筆者が問い合わせたところ、種はヨーロッパウナギだと確かめられていたという[10]。

湖は、周りの土地の記録でもあった

ほかにも、魚ではサケ、カワカマス、イトヨなど、湖にいると分かっていた種が見つかった。イルミナ社の記事は、湖にいると知られている13種の魚がすべて出たと書いている[7][8]。区別できた配列の種類は約3000で、その多くは線虫、ワムシ、植物プランクトン、小さな甲殻類といった、目に見えないほど小さな生き物だった[7]。

ジェメルが「興味深い」結果の一つに挙げたのは、陸の動物のDNAが多かったことだ。人間と、イヌ、ヒツジ、ウシ。野生のシカ、アナグマ、キツネ、ウサギ、ハタネズミ、何種もの鳥[1]。湖は急な山に囲まれた谷の底にあり、周りの土地から流れ込むものを集める「じょうご」の役目をしている[8]。湖の真ん中の一つの試料は、ほぼ全部がキジのDNAだった。ジェメルは、鳥がその上でふんを落としたのだろうと説明したという[10]。

なお、全体の約25%の配列は、どの生き物のものか決められなかった。ジェメルの説明では、短すぎて種や仲間を統計的に確かに決められない配列で、この種の調査ではふつうに出るものだという。周りの湖の試料でも、決められない配列の割合はほぼ同じだった[10]。

05「ネッシーは巨大ウナギかも」と報じられた

発表の翌日、オタゴ大学は2本目の記事を出した。見出しは「オタゴの科学者、ネス湖の怪物は……巨大ウナギかもしれないと明かす」。記事によれば、この話は英ガーディアン紙、BBC、米USAトゥデイ紙などで大きく取り上げられた[2]。英国の科学雑誌サイトも、調査で唯一否定されなかったのが巨大ウナギだと伝えた[5]。

見出しだけを読むと、「ネッシーの正体はウナギと分かった」ように見える。だが、ジェメル本人の言葉は、もっと慎重だった[1]。

Well, our data doesn't reveal their size, but the sheer quantity of the material says that we can't discount the possibility that there may be giant eels in Loch Ness.

データからウナギの大きさは分からない。だが、これだけの量のDNAがあることからすると、ネス湖に巨大なウナギがいる可能性は捨てきれない。

同じ発表で、彼は「この説を確かめるにも否定するにも、さらに調べる必要がある」とも言っている[1]。ラジオのインタビューでは、もっとはっきり言い直した[4]。

It's still a long stretch to say from eel DNA that we've got a giant eel.

ウナギのDNAがあるから巨大ウナギがいる、と言うのは、まだかなりの飛躍だ。

ジェメルによれば、ヨーロッパウナギはふつう4フィート(約1.2メートル)、長くても6フィート(約1.8メートル)ほどだ。一方、目撃談には12〜14フィート(約3.7〜4.3メートル)、なかには25フィート(約7.6メートル)というものもある。ジェメルは、そんなに長いウナギが捕まった例はないだろうと認め、直接の証拠は多くないと話している[4]。

地元の反応

ネス湖の岸で30年以上ネッシーを見張り続けているスティーブ・フェルサムさんは、この結果に納得しなかった。湖にウナギがいるのは驚くことではないとして、こう言った[9]。

A 12-year-old boy could tell you there are eels in Loch Ness.

ネス湖にウナギがいるなんて、12歳の子どもだって知っている。

フェルサムさんは、アザラシのような別の動物の見間違いも、この調査では否定されていないと指摘した[9]。

伝わるうちに、言葉は逆になる

報道の伝言ゲームの例も一つ挙げておく。2025年、調査に協力したイルミナ社の特集記事は、「彼が否定できた唯一の説は、怪物が巨大ウナギだというものだった」と書いている[8]。ジェメルの発表では、巨大ウナギは「否定できなかった」唯一の説だ[1]。おそらく単純な書き間違いだが、意味は正反対になっている。連載第1回の手順1で書いたとおり、引用されている話は、いちばん元の発表に戻って確かめる必要がある。

06何を否定でき、何を否定できないか

ここからが検証の本題だ。この調査は、ネッシーについて何を言えるのか。まず、肯定派の側の反論を公平に見ておく。

肯定派の反論

ネッシーの実在を信じるブログ筆者ローランド・ワトソンさんは、発表の約1か月後に、公開されたデータを細かく読んだ検討記事を書いている[10]。主な指摘は次のとおりだ。

  • 公開されたデータは一部だけ:約250の試料のうち、公開データに載っていたのは56試料分だった。全データは論文で出すとジェメルから聞いた
  • 深いところの試料が少ない:公開データでは、水深100〜200メートルの試料は11だった。怪物が湖の底近くにいるなら、出会えていない可能性がある。湖底の泥も採るべきだった
  • 見つからなかった既知の動物がいる:湖に入ることが知られているカワウソのDNAは出なかった。採水地点の選び方しだいで、いる動物でも取りこぼす
  • 比べる予定の湖が外れた:怪物の言い伝えがあるモラー湖も比べる予定だったが、結局は採水されなかった

そのうえで、巨大ウナギ説そのものについては、肯定派の彼も冷静だった[10]。

the eDNA survey had only failed to eliminate giant eels as a monster candidate as giant eels could have the same DNA sequence as smaller ones

環境DNAの調査は、怪物の候補から巨大ウナギを外せなかっただけだ。巨大なウナギも、小さなウナギと同じDNA配列を持ちうるのだから。

彼は、ウナギでは長い首や、陸での目撃、長く水面に出ている姿は説明できないとして、巨大ウナギは目撃談の主な説明ではないと考えている。そして、怪物が見つからなかったことを、こう説明した[10]。

The Loch Ness Monster is a non-abundant species, just as I suspect the missing otters, newt, carp and roach are.

ネス湖の怪物は、数の少ない種なのだ。見つからなかったカワウソやイモリ、コイ、ローチ(コイ科の魚)もそうだと私は思う。

調査した側も、限界を認めている

量が少ないという批判は、ジェメル自身も認めている[8]。

Sampling a few hundreds of cubic liters of water is not much in a lake which is estimated to have something like 10 million

数百立方リットルの水を採っても、1000万ほどと見積もられる湖の中では、たいした量ではない。

また、この調査は2018年6月という、ある一時期の湖を写した「スナップ写真」だった[8]。先に見たとおり、水の中のDNAは1か月もたたずに検出できなくなることがある[12]。

それでも、結果には重みがある

では、何も言えないのか。そうではない。ポイントは、何を探しているかだ。

一頭だけ、たまたま通り過ぎた動物なら、見落としてもおかしくない。だが、ネッシーの目撃は1930年代から、年に10件前後のペースで報告され続けてきた[10]。それを一頭の首長竜で説明することはできない。大きな動物が何十年も、何世代も生き続けるには、一頭ではなく、ある程度の数の群れが要る。首と胴の長い大きな動物の群れが湖にいれば、湖のあちこちでDNAを落とすはずだ。

比べる材料もある。ウナギのDNAは、ほとんどすべての地点から出た[1]。キジ一羽のふんでさえ検出された[10]。周りの山のシカやアナグマまで記録された[1]。その中で、爬虫類のDNAは一つもなかった[4]。

一方で、「いない」ことを完全に示すことは、この方法ではできない。ある場所のある時期に見つからなかった、というのが正確な言い方だ。そして、ウナギの大きさについては、DNAは何も教えてくれない。巨大ウナギ説は「支持された」のではなく、「この方法では否定できなかった」にとどまる。

説根拠評価
ネス湖に首長竜の群れがすんでいる約250の試料から爬虫類のDNAは一つも出なかった[4][1]。ウナギはほぼ全地点、陸の動物まで記録されている否定的
正体は巨大なサメ・ナマズ・チョウザメいずれもDNAが出なかった[1]否定的
正体は巨大ウナギと分かったウナギのDNAは多いが、DNAから大きさは分からない。本人も「飛躍」と言う[4]。4メートル級のウナギが捕まった例は知られていない確かめられず
湖底近くにいる、数の少ない未知の動物深い試料は限られ、時期も一度きり[10][8]。否定も肯定もできない確かめられず
ネス湖の生き物の一覧として役に立つ既知の魚が出そろい、約3000の配列の種類や陸の動物まで記録された[7][1]有力

07本物の生物学では、どう使われているか

怪物探しは話題づくりの面が強かった。だが、ジェメルが見せたかったのは、この方法そのものの力だった。環境DNAは今、世界中の生き物の調査で、実際に使われている。

イギリスのイモリ調査

水の中の砂の上にいる、背中にぎざぎざのとさかがある黒っぽいイモリ
PD繁殖期の姿のクシイモリのオス(水中)。撮影:Rainer Theuer。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

イギリスでは、保護されているクシイモリという大きなイモリの調査に、環境DNAが使われている。両生類・爬虫類の保護団体の連合によれば、5月に池の水を採って検査機関に送ると、その繁殖期にクシイモリが池にいたかどうかが高い確かさで分かる。イモリにも、すみかにも手を触れないので、ボランティアが参加する全国調査では許可も要らない[15]。夜に懐中電灯で池を照らしたり、卵を探したりする従来の調査と組み合わせて、池ごとの変化を追っている[15]。

日本でも、国が手引きを作っている

日本では、環境省の生物多様性センターが、淡水魚と両生類を対象に、環境DNAによる調査の手引きを作っている。2020年に淡水魚の手引きの第1版を出し、2024年には両生類も加えた手引きを公開した。水に含まれるDNAから多くの魚の種類をまとめて調べる「MiFish法」について、分析結果の誤った同定を見つけるための「誤同定チェックシート」も出している[14]。絶滅のおそれのある種の分布を調べ、外来種の対策や環境アセスメントを速く、効率よくするのが目的だという[14]。

松丸さんの解説も、環境DNAは生き物を直接捕まえる従来の調査に完全に置き換わるものではないとしたうえで、水をくむだけで済むため手間と費用が少なく、すみかを荒らさないという利点を挙げている。全国の魚の分布を環境DNAでまとめたデータベースも公開されている[13]。

ネス湖の、次の調査

ジェメルは、ネス湖の調査を「出発点」と位置づけている。湖の水は北へ流れ、ネス川へ出ていく。その出口の水門や、湖を行き来する船に、水を自動で集めてこし取る装置を付け、1年以上続けて調べる計画を進めている。くり返し調べてこそ、湖の変化や、外来種カラフトマス(もとは太平洋の魚で、ロシア北部の養殖場から北海へ広がった)の侵入のような脅威が分かるという[8][9]。

2021年のインタビューで、ジェメルはネス湖の調査をこう振り返った[7]。自分たちは、最新の技術で怪物を探しに来て、何の証拠も見つけられなかった長い長い調査の列に加わった。それでも人はネス湖に行くのをやめないだろう、と。

怪物が見つからなかったことは、調査の失敗ではない。湖にいる生き物の一覧ができ、方法の力と限界がはっきりした。そして、残った問いが何なのかも、前よりはっきりした。

資料の事情と、確かめられなかった点 この調査の結果は、2019年9月の記者発表と大学のニュース、本人へのインタビューで公表された。2019年の報道では全結果が近く公表されるとされ[6]、肯定派のブログも論文を待つと書いていた[10]が、2026年10月4日時点で、ネス湖の調査そのものをまとめた査読付き論文は、今回の調べでは見つけられなかった。そのため、試料の深さの内訳や、決められなかった配列の扱いなどは、大学の発表、イルミナ社の記事、肯定派のブログがジェメルに確かめた内容に頼っている。試料の数は、事前報道では300の予定[3]、発表では250。採水した深さは、イルミナ社の記事は220メートル付近まで[8]、肯定派のブログは0.5〜200メートル[10]としている。「5億本を超える配列」は二次報道[6]のみで、大学の発表には出てこない。ジェメルの「数百立方リットル」「1000万ほど」という発言は、単位がはっきりしないため、記事では原文どおりに訳した。イルミナ社は調査に試薬と技術を提供した企業で、その記事には利害関係がありうることにも注意したい。

出典・参考資料

  1. University of Otago「First eDNA Study Of Loch Ness Points To Something Fishy」News archive, 2019年9月5日. https://www.otago.ac.nz/news/newsroom/first-edna-study-of-loch-ness-points-to-something-fishy(閲覧 2026-10-04)↩
  2. University of Otago「Otago scientist reveals Loch Ness Monster could be … a giant eel」News archive, 2019年9月6日. https://www.otago.ac.nz/news/newsroom/otago-scientist-reveals-loch-ness-monster-could-be-a-giant-eel(閲覧 2026-10-04)↩
  3. 「Scientists to test if Loch Ness monster exists using DNA sampling」CBC News(Thomson Reuters 配信), 2018年5月25日. https://www.cbc.ca/news/science/loch-ness-monster-dna-1.4677735(閲覧 2026-10-04)↩
  4. 「Is the Loch Ness monster a giant eel? Scientists share new DNA evidence from Scottish lake」CBC Radio「As It Happens」, 2019年9月6日(キャロル・オフによるジェメルへのインタビュー). https://www.cbc.ca/radio/asithappens/as-it-happens-thursday-edition-1.5271622/is-the-loch-ness-monster-a-giant-eel-scientists-share-new-dna-evidence-from-scottish-lake-1.5271626(閲覧 2026-10-04)↩
  5. 「Loch Ness Monster DNA study reveals 'plausible' explanation for sightings」BBC Science Focus Magazine, 2019年9月5日. https://www.sciencefocus.com/news/loch-ness-monster-dna-study-reveals-plausible-explanation-for-sightings(閲覧 2026-10-04)↩
  6. 「Monster-hunting scientists could have solved the legend of Loch Ness」BioTechniques, 2019年9月5日. https://www.biotechniques.com/whole-genome-studies/monster-hunting-scientists-could-have-solved-the-legend-of-loch-ness/(閲覧 2026-10-04)↩
  7. 「Can eDNA identify the Loch Ness Monster?」The Naked Scientists(番組「Environmental DNA: Seeing the Unseen」), 2021年8月10日. https://www.thenakedscientists.com/articles/interviews/can-edna-identify-loch-ness-monster(閲覧 2026-10-04)↩
  8. 「If there is a monster in Loch Ness, this geneticist will find it」Illumina News Center, 2025年1月10日(調査に試薬と技術を提供した企業の記事). https://www.illumina.com/company/news-center/feature-articles/loch-ness-edna.html(閲覧 2026-10-04)↩
  9. 「Geneticist from the University of Otago in New Zealand reveals plans for new search to solve Nessie mystery」Inverness Courier, 2025年1月17日. https://www.inverness-courier.co.uk/news/scientist-reveals-plans-for-new-search-to-solve-the-loch-nes-372044/(閲覧 2026-10-04)↩
  10. Roland Watson(筆名 Glasgow Boy)「Looking back on the eDNA results」Loch Ness Mystery(ブログ), 2019年10月13日. http://lochnessmystery.blogspot.com/2019/10/looking-back-on-edna-results.html(閲覧 2026-10-04)↩
  11. Gentile Francesco Ficetola, Claude Miaud, François Pompanon, Pierre Taberlet「Species detection using environmental DNA from water samples」Biology Letters 4(4):423–425, 2008年. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2610135/(閲覧 2026-10-04)↩
  12. Tony Dejean ほか「Persistence of Environmental DNA in Freshwater Ecosystems」PLoS ONE 6(8):e23398, 2011年. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0023398(閲覧 2026-10-04)↩
  13. 松丸大輔「環境DNAについて」日本薬学会 環境・衛生部会「環境・衛生薬学トピックス」, 2022年9月1日. https://bukai.pharm.or.jp/bukai_kanei/topics/topics71.html(閲覧 2026-10-04)↩
  14. 環境省 自然環境局 生物多様性センター「環境DNA調査」(手引きと誤同定チェックシートの公開ページ). https://www.biodic.go.jp/edna/edna_top.html(閲覧 2026-10-04)↩
  15. Amphibian and Reptile Groups of the UK「eDNA testing for Great Crested Newts」. https://www.arguk.org/get-involved/projects-surveys/edna-testing-for-great-crested-newts-rolls-out-across-england(閲覧 2026-10-04)↩

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