レンデルシャムの森事件を資料で読む
米空軍中佐のメモ、録音テープ、そして灯台
1980年のクリスマス明け、イギリス東部サフォークの森で、米空軍の警備兵たちが不思議な光を追った。2夜目には副基地司令の中佐が自ら森に入り、テープレコーダーに実況を吹き込んだ。「イギリスのロズウェル」と呼ばれるこの事件は、軍の公式メモと、その場の録音が残る珍しい例だ。残された資料は何を語り、何を語っていないのか。肯定する側の主張も含めて、一つずつ確かめる。

この記事の要点
- 1980年12月26日未明と28日未明の2夜、米空軍ウッドブリッジ基地の外の森で、警備兵と副基地司令ハルト中佐らが正体不明の光を見た
- ハルト中佐が1981年1月13日付で英国防省に送ったメモは、1983年に米国の情報公開法(FOIA)で公開された。ただし日付は2夜とも1日ずれている
- 地面のくぼみはウサギの掘り跡、放射線値は自然の背景レベル、点滅する光は約8km先のオーフォードネス灯台、とする検証がある。灯台の点滅間隔は録音テープの声の間隔と一致する
- 目撃者の話は年を追って大きくなった。1981年の供述書には無かった「機体に触れた」「地球外のもの」といった話は、1990年代以降に出てきた
- 英国防省は詳しく調べなかった。2011年の公開では情報部門のファイルの一部が廃棄されていたと分かったが、レンデルシャム専用のファイルではなかったと説明されている
011980年12月26日未明:東ゲートの外の光
イギリス東部、サフォーク州の海に近い一帯に、レンデルシャムの森という松の植林地が広がっている。冷戦のさなかの1980年、この森を挟んで2つの空軍基地があった。北のベントウォーターズと、森の中に開かれたウッドブリッジだ。名前はイギリス空軍(RAF)の基地だが、実際には米空軍が使っていた[5]。

クリスマスの翌朝、12月26日の午前3時ごろ。ウッドブリッジ基地の東ゲートにいた警備兵が、森の中へ明るい光が降りていくのを見た。飛行機が落ちたのかもしれない。ジム・ペニストン軍曹、ジョン・バローズ、エド・カバンサグの3人が、確かめるために森へ入った。4時11分には、基地から地元のサフォーク警察に通報が入っている[19]。
3人は木々の間で点滅する光を追い、森を抜けて畑のほうまで進んだ。光はいつまでも近づかなかった。夜が明けると、森の中の空き地で、地面に浅いくぼみが3つ見つかる。くぼみは三角形に並んでいて、光る物体が降りた跡だと考えられた[12]。
2夜目は12月28日の未明だ。「また光が出た」という知らせを受けて、副基地司令のチャールズ・ハルト中佐が部下を連れて森に入った。ハルトは小さなテープレコーダーを持っていて、調べながら実況を吹き込んだ[9]。この2夜の出来事が、のちに「レンデルシャムの森事件」と呼ばれる。

02ハルト中佐のメモ「説明のつかない光」
この事件を有名にしたのは、1枚の公式メモだった。ハルト中佐は1981年1月13日付で、基地のイギリス側の司令官にあてて報告を書き、それが英国防省に届いた[19]。件名は「Unexplained Lights(説明のつかない光)」。米空軍の便箋に打たれた1ページの文書で、秘密の指定はなかった[3]。

メモの第1段落は1夜目の話だ。警備兵が森の中で光る物体を見た、と書いている。その姿はかなり具体的だ[1]。
The object was described as being metalic in appearance and triangular in shape
その物体は、金属のような見た目で、三角形をしていると説明された。
大きさは底辺2〜3メートル、高さ約2メートル。森全体を白い光で照らし、上に赤い点滅灯、下に青い灯りの列があった。浮いていたか、脚で立っていた。警備兵が近づくと、木々の間をすり抜けて消えた。近くの農場の動物が騒ぎ出した、とも書かれている[1]。
第2段落は地面の跡と放射線の話、第3段落は2夜目に見えた光の話だ。森の中に赤い太陽のような光が見え、5つの白い物体に分かれて消えた。そのあと空に星のような光が3つ現れた。北に2つ、南に1つ。北の2つは1時間以上、南の1つは2〜3時間見えていて、南の光はときどき地上へ光の筋を下ろした、とメモは書く[1]。
メモは「私自身を含む多くの者が第2・第3段落の出来事を目撃した」と結ばれている。副基地司令という肩書きの人物が、自分も見たと署名した。この点が、のちにこの事件を「公式に確認されたUFO着陸」と呼ばせることになる[5]。
メモが世に出たのは2年半後だ。1983年6月、米国の情報公開法(FOIA)にもとづく請求に応じて、米空軍が市民団体「UFOの秘密に反対する市民の会(CAUS)」のロバート・トッドに開示した。空軍は自分の控えをすでに捨てていて、英国防省から写しを取り寄せたという[3]。同じ年の10月、英大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドが「サフォークにUFO着陸、しかも公式」と1面で報じ、騒ぎが一気に広がった[5]。
032夜目の録音テープ:「目がまばたきしているようだ」
この事件にしかない資料が、ハルトの録音テープだ。長さは18分12秒。ハルトは録音を止めたり再開したりを繰り返したので、数時間の出来事が切れ切れに入っている。テープは、ハルトの上官の後任となったサム・モーガン大佐が机の中で見つけ、1984年に研究者たちへ渡した[9]。
テープの前半3分の2は、地面のくぼみの調査に費やされている。ガイガーカウンター(放射線測定器)を持ったモンロー・ネヴェルス軍曹が、くぼみを1つずつ測る。現場に着いたハルトは「跡はどこだ? こんなに小さいのか?」と言っている[9]。
木の幹にあった傷についても、ハルトは「古いものかもしれない。樹液の跡がある」と言いながら、樹液が出るのが早すぎると首をかしげている。暗視スコープでくぼみや木をのぞき、「わずかに明るい」という報告も録音されている[9][10]。
そこで、部下のブルース・イングランド中尉が声を上げる。木々の間に光が見える、という。
Straight ahead, in between the trees – there it is again. Watch – straight ahead, off my flashlight there, sir. There it is.
まっすぐ前です、木と木の間に――ほら、また。見てください――まっすぐ前、私の懐中電灯の先です。ほら、あれです。
ハルトたちは光を追って森の端へ出た。そのときの描写がよく知られている[11]。
It looks like an eye winking at you. Still moving from side to side.
目がこっちに向かってまばたきしているみたいだ。まだ左右に動いている。
一行は畑を横切り、農家の前を過ぎ、小川を渡って光を追ったが、近づけなかった。午前3時を過ぎると、北の空に半月形の物体が2つ、南の空にもう1つ現れる。南の物体は「地面に光の筋を下ろしている」と録音されている。午前4時、ハルトは「物体が1つ、まだウッドブリッジ基地の上、地平線から5〜10度あたりに浮かんでいる」と吹き込んで、テープは終わる[11]。
04地面の跡と放射線値を確かめる
メモの第2段落は、事件の「物的証拠」とされてきた。くぼみは深さ約4センチ(1.5インチ)、直径約18センチ(7インチ)の3つ。2夜目に放射線を測ったところ、こうだった、とメモは書く[3]。
Beta/gamma readings of 0.1 milliroentgens were recorded with peak readings in the three depressions and near the center of the triangle formed by the depressions.
ベータ線・ガンマ線で0.1ミリレントゲンの値が記録され、3つのくぼみと、くぼみが作る三角形の中心付近で最も高かった。
肯定する側は、この数字を重く見る。作家のニック・ポープは1996年の著書で、放射線値を「何か並外れたことが起きた、最も手に触れられる証拠」と呼び、自然の値の10倍ほどだと主張した[13]。国防省の内部にも、そう読んだメモが残っている[13]。
seems significantly higher than the average background of about 0.015 mr.
(0.1ミリレントゲンという値は)平均的な背景放射線の約0.015ミリレントゲンより、かなり高いように見える。
ただし、テープを聞くと話が変わる。現場で読み上げられた値は「わずかなクリック音」「3〜4目盛り」がほとんどで、最も高いのが一瞬の「0.5スケールで7目盛り」だった。リドパスはこれを毎時0.07ミリレントゲンと読み、同じ程度の値が、森から800メートルほど離れた畑の向こうでも出ていたと指摘する[13][11]。
使われた測定器は、核事故のあとなど強い放射線を測るための米軍の計器 AN/PDR-27 だったとみられる。1997年、英国放射線防護庁(NRPB)がメーカーに問い合わせると、0.1という値は「最も低いレンジの、いちばん下の目盛り」で、ほとんど意味がない、という答えだった[13]。国防省の内部メモは、値が一定に続いたこと、自然の放射線を測るのに向いた計器だったことを前提にしていた。その前提が両方崩れる、というのがリドパスの見方だ[13]。
その後の現地の測定でも、異常は出ていない。1982年9月の民間研究団体、1987年に基地にいた米空軍少佐、2003年にテレビ番組が依頼した環境の専門家が測り、いずれも自然の値を超えるものは見つからなかったという[13]。
くぼみについても、別の見方がある。森林官のヴィンス・サーケトルは1981年2月初めに現場を見せられた。くぼみは形がそろっておらず、きれいな三角形でもなく、松葉の積もったウサギの古い掘り跡だと判断した[5][12]。木の「焦げ跡」は、伐採してよい木に林業の作業員が付ける斧の切り込みで、そこに樹液がにじんで焦げたように見えたという[5]。
05証言はどう変わっていったか
1夜目に森へ入った3人などは、1981年1月はじめに供述書を書いている。ハルトはのちにそれを民間団体に渡し、1997年に研究者の手で公になった[8]。
供述書を読むと、話はずっと地味だ。バローズとカバンサグは、追った光を最後に灯台だと認めている。ペニストンは「50メートルより近づけなかった。近づくたびに先へ動いた」と無線で上官に伝えていた。機体に触れたという話も、無線が途切れたという話も、記憶が飛んだという話も無い[8]。
ところが年を追うごとに、ペニストンの話は大きくなった。2003年のテレビ番組では、その夜に書いたという手帳を見せ、着陸した機体を45分かけて調べて手で触れ、側面に刻まれた象形文字をスケッチした、という話だ。手帳の日付は「27 Dec 80」、時刻は「12:20」で、実際の日時と合わない[17]。すぐそばにいたバローズは、リドパスへのメールでこう書いている[17]。
Penniston did not have time to make any sketches in a note book while this was going on and did not walk around it for 45 min.
ペニストンには、あの最中に手帳にスケッチを描く時間はなかったし、45分もそのまわりを歩いてもいない。
ペニストンは1994年9月の退行催眠のあと、機体は遠い未来から来た人類だと考えるようになり、「彼らは時間旅行者だ。彼らは私たちだ」と語った。事件30周年の2010年12月には、事件の翌日にテレパシーで受け取った2進数を何ページも手帳に書いた、と言い出した[17]。
ハルトの話も変わった。メモとテープでは、空の光は「地平線から10度ほど」に見えた星のような光だった。2010年6月にハルトが署名した宣誓供述書では、光が頭上まで来て足元に光線を下ろし、基地の兵器貯蔵区域にも光を落としたことになっている[18]。供述書には、こう書かれた[19]。
I believe the objects that I saw at close quarter were extraterrestrial in origin
私が間近で見た物体は、地球外に起源を持つものだったと信じている。
これに反対の証言をしたのが、ハルトの上官だった基地司令テッド・コンラッド大佐だ。コンラッドは30年近く口を閉ざしていたが、2010年に研究者デヴィッド・クラークの求めに応じて声明を出した。2夜目、コンラッドはウッドブリッジの自宅で無線を聞きながら、妻や同僚と外に出てハルトの言う光を探した[19]。
Despite a sparkling, clear, cloudless, fogless night with a good field of view in all directions, we saw nothing that resembled Lt Col Halt’s descriptions either in the sky or on the ground.
雲も霧もない、よく晴れた、どの方向も見通しのいい夜だったのに、空にも地上にも、ハルト中佐の説明に似たものは何も見えなかった。
コンラッドは、空軍の特別捜査局による厳しい尋問も、隠蔽工作も無かったと述べている。そのうえで、「光は説明されていない。説明はつくと思うが、集められた情報ではできない」とも書いた[19]。肯定する側にとっても懐疑する側にとっても、事件のすぐそばにいた人の、慎重な言葉だ。
06英国防省は何をしたのか:公開されたファイル
「軍が隠している」という見方は、この事件に最初からつきまとってきた。では、報告を受けた英国防省は実際に何をしたのか。それを示す文書は、2000年代から少しずつ公開された。
2001年、研究者のデヴィッド・クラークは、政府情報の公開に関する当時の規則を使って、国防省にこの事件のファイルを開示させた。そのやりとりの記録自体も、2011年に英国立公文書館で公開されている[19]。事件のファイルは公文書館に「DEFE 24/1948/1」として収められ、目録には「UFO目撃報告:レンデルシャムの森、1980年12月(一部黒塗り)」とある[21]。
ファイルから分かるのは、国防省が深く調べなかったことだ。レーダーに何か映ったかを確かめ、何も無かったので、それ以上は動かなかった[20]。目撃者への聞き取りもしていない[3]。1985年、事件について問いただした元国防参謀総長ヒル=ノートン卿と会う国防相のために用意された説明資料は、その理由をこう書いている[20]。
We believe that the fact that Col. Halt did not report these occurrences to MoD for almost two weeks after the event, together with the relatively low-key manner in which he handled the matter, are indicative of the degree of importance in defence terms which should be attached to the incident.
ハルト中佐がこの出来事を国防省に2週間近く報告しなかったこと、そして比較的控えめに扱ったことは、この件に防衛上どれほどの重要性を認めるべきかを示していると考える。
2011年3月3日、公文書館が約8,000点のUFO文書を新たに公開すると、別の話題が持ち上がった。国防省の情報部門が持っていた1980〜82年分のUFOファイルが、すでに廃棄されていたのだ。BBCの報道を、米科学ニュースサイトのライブサイエンスはこう引用している[22]。
Officials found a 'huge' gap where defense intelligence files relating to the case should be
当局は、この事件に関わる国防情報部のファイルがあるはずの場所に「巨大な穴」があることに気づいた。
「やはり隠蔽だ」という声も上がった。ただ、公文書館のUFO公開に顧問として関わったクラークは、廃棄されたのは事件専用のファイルではないと説明する[23]。
These were not files specifically about the Rendlesham incident, simply reports received during those years
これらはレンデルシャム事件だけを扱ったファイルではなく、その年に届いた報告をまとめたものにすぎない。
クラークによれば、情報部門のファイルの中身は国防省のUFO窓口に届いた報告の写しがほとんどで、事件ファイルにはその情報部門の文書の写しも綴じられている。古いUFOファイルを「歴史的価値がない」として捨てることは、それまでも繰り返されていた[23]。
07懐疑側の説明を確かめる:火球・灯台・星
懐疑側の説明を最初にまとめたのは、天文学の著述家イアン・リドパスだ。1983年の報道直後から現地を調べ、1985年1月に英ガーディアン紙で発表した[5]。リドパスの説明は、3つの別々の光が重なった、というものだ[4]。
1つ目:午前3時の火球
英国天文協会の流星部会は、1980年12月26日の午前2時50分(世界時、前後5分)に、南イングランドで非常に明るい火球が見えたと記録している。明るさは満月に近い半月ほど、見えていたのは3〜4秒。リドパスは、これが警備兵の見た「森に降りる光」だと考える[6]。火球は大気の高いところで燃えるが、すぐ近くに落ちたように見えることが多い。警備兵は何かが落ちたと思い込んで森へ入った、というわけだ。
2つ目:オーフォードネス灯台

森の東、約8キロ先の海岸に、オーフォードネス灯台があった。灯台説を最初に言ったのは、現場の近くに住む森林官サーケトルだ。目撃者が光を見た方向を地図に引くと、ちょうど灯台に向いていた[5]。森は海岸より高いので、灯台の光は木々の間の、地面から少し上に浮かんで見える。動くと光も動き、数百メートル先にあるように見える[5]。
決め手とされるのは時間だ。灯台は5秒に1回光った。テープでイングランド中尉が「ほら、また」と言ってから「ほら、あれです」と言うまでが、ちょうど5秒になる[14]。1夜目の現場に呼ばれた警察も、灯台以外の光は見ていない。サフォーク警察はリドパスへの手紙でこう書いた[7]。
the only lights visible to the officers visiting the incident were those from Orford light house
現場を訪れた警官に見えた光は、オーフォード灯台のものだけだった。

ハルトはこれに強く反論してきた。灯台は見えていたが、正体不明の光とは別の方向、30〜40度右だった、という主張だ[15][18]。リドパスは現場に何度も通い、ハルトが光と一直線に並んでいたと語った農家の家の、ちょうど向こうに灯台の頭が見えることを写真で示した。ハルトが灯台だと思ったのは、別の方角にあった灯台船の光だろう、とリドパスはみる[15]。森の外の谷には、建物の灯りもいくつか見えたという[5]。
3つ目:空の星
2夜目に空に見えた「星のような光」について、リドパスは南の1つを全天でいちばん明るい星シリウス、北の2つをデネブとベガだと考える。地平線近くの明るい星は大気のせいで色が変わってまたたき、目の錯覚で動いて見えることもある。見えていた時間が数時間と長いことも、星らしい[16]。基地のレーダーを受け持つ空軍の施設も、その夜は何も捉えなかった[11]。
| 説 | 根拠 | 評価 |
|---|---|---|
| 地球外の機体が森に着陸した | 1981年の供述書に機体の話は無い。「触れた」「地球外」は1990年代以降の証言で、手帳の日時も合わない[8][17] | 否定的 |
| 放射線値が異常に高かった | 計器の最小目盛り程度の値で、メーカーは「ほとんど意味がない」と回答。後の測定でも異常なし[13] | 否定的 |
| くぼみは着陸脚の跡 | 森林官と警察はウサギの掘り跡と判断。ただし跡は残っておらず、写真での判断になる[12] | 確かめられず |
| 1夜目の「降りる光」は火球 | 同じ時刻の明るい火球の記録がある。警備兵が見たものと同じだと直接示す資料は無い[6] | 有力 |
| 森で点滅した光は灯台 | 方角、5秒の間隔、警察の報告、2人の供述書が一致する。ハルトは方角が違うと反論[14][7][18] | 有力 |
| 空の3つの光は星 | 方角と高さ、数時間とどまったことが星と合う。動きや「光線」の説明は推定を含む[16] | 有力 |
| 国防省が真相を隠した | 国防省は深く調べなかった。廃棄されたのは事件専用ではない年ごとのファイルとされるが、中身は確かめようがない[20][23] | 確かめられず |
資料を年代順に並べると

基地が閉じた今も、レンデルシャムの森には事件を見に来る人が絶えない。森を管理するイギリスの森林委員会は、円盤の模型を置いた散策路まで作った。ただし、リドパスはこの「UFOトレイル」のコースは史実と関係のない作りものだと注意している[15]。
この事件が、ほかの多くのUFO事件と違うのは、当時の資料が残っていることだ。軍の公式メモ、現場で録ったテープ、警察の記録、目撃者が数日後に書いた供述書。その資料を年代順に並べると、話は「森の向こうの光を追ったら、灯台だった」から始まり、何十年もかけて「着陸した機体」「未来人」「光線」へと育っていったことが見えてくる[8][18]。
肯定する側は、副基地司令という立場の人物が自ら見て署名したこと、放射線を測った記録があることを、今も重く見る。その重みは本物だ。ただ、同じ夜に同じ空を見ていた上官のコンラッドは何も見ておらず、テープに残った声は灯台の点滅と同じ間隔で「ほら、また」と言っている[19][14]。
確かめる手順は、この事件でも同じだ。いちばん古い記録は何と言っているか。証言は、いつ、どう変わったか。見えた方向に、ほかに光るものは無かったか。レンデルシャムの森事件は、資料がそろっているからこそ、その答えを自分で確かめられる珍しい事件だ。
出典・参考資料
- Charles I. Halt「Unexplained Lights」1981年1月13日付, 第81戦闘支援群司令部から RAF/CC 宛て. 米国防総省 FOIA Case 97-F-1677 で The Black Vault に開示された写しと書き起こし. https://www.theblackvault.com/documentarchive/the-halt-memo-the-rendlesham-forest-incident/(閲覧 2026-10-09)↩
- Wikimedia Commons「File:Halt Memorandum.jpg」(米空軍の公務著作物としてパブリックドメイン. メモ全文の書き起こしつき). https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Halt_Memorandum.jpg(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「Appendix – Col Halt's memo to the MoD」(メモの書き起こしと公開の経緯、日付の誤りの注記). http://www.ianridpath.com/ufo/appendix.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「The Rendlesham Forest UFO case」(総論ページ). http://www.ianridpath.com/ufo/rendlesham.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「A Flashlight in the Forest」The Guardian, 1985年1月5日(著者サイトの加筆版). http://www.ianridpath.com/ufo/rendlesham1a.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「The 3 a.m. fireball – how it all started」(英国天文協会 流星部会ニュースレター No.4, 1981年2月 の記録を紹介). http://www.ianridpath.com/ufo/rendlesham1d.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「Rendlesham Forest UFO case — the police evidence」(サフォーク警察からの手紙と警察ファイル). http://www.ianridpath.com/ufo/police.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「Rendlesham Forest UFO – the witness statements」(1981年1月に作成された5人の供述書の紹介). http://www.ianridpath.com/ufo/rendlesham2b.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath 書き起こし「Transcript of Col Halt's tape」第1部(ハルト本人の協力による). http://www.ianridpath.com/ufo/halttape.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath 書き起こし「Transcript of Col Halt's tape」第2部. http://www.ianridpath.com/ufo/halttape2.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath 書き起こし「Transcript of Col Halt's tape」第3部. http://www.ianridpath.com/ufo/halttape3.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「Rendlesham Forest UFO – the landing marks」. http://www.ianridpath.com/ufo/rendlesham5.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「Rendlesham Forest UFO – the radiation readings」(英国放射線防護庁 NRPB への照会、国防省内部メモの紹介を含む). http://www.ianridpath.com/ufo/rendlesham4.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「Vince Thurkettle – the original interview」(BBC Breakfast Time, 1983年10月7日放送分の書き起こし). http://www.ianridpath.com/ufo/rendlesham1c.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「Rendlesham Forest UFO – the flashing light」. http://www.ianridpath.com/ufo/rendlesham2.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「Rendlesham Forest UFO – the other lights」. http://www.ianridpath.com/ufo/rendlesham3.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「Rendlesham Forest UFO – Jim Penniston's notebook」. http://www.ianridpath.com/ufo/pennistonnotebook.html(閲覧 2026-10-09)↩
- Ian Ridpath「Col Halt's iffy affidavit – Rewriting history at Rendlesham」(2010年6月の宣誓供述書の検討). http://www.ianridpath.com/ufo/Halt_affidavit.html(閲覧 2026-10-09)↩
- David Clarke「Rendlesham Forest UFOs」(コンラッド大佐の2010年1月15日付声明と、2010年9月に同大佐と確認した年表を収録). https://drdavidclarke.co.uk/rendlesham-forest-ufos/(閲覧 2026-10-09)↩
- 英国防省「Lord Trefgarne への説明資料」1985年10月, 英国立公文書館 DEFE 24/1925, 115–116頁(Ian Ridpath のページで本文を紹介). http://www.ianridpath.com/ufo/trefgarne.html(閲覧 2026-10-09)↩
- The National Archives「DEFE 24/1948/1: Digital copy of DEFE 24/1948: UFO reports of sighting: Rendlesham Forest, December 1980; with redactions」(目録). https://discovery.nationalarchives.gov.uk/details/r/C10342055(閲覧 2026-10-09)↩
- Benjamin Radford「UFO Cover-Up? Britain's 'Roswell Event' Missing From Files」Live Science, 2011年3月4日(BBC News の報道を引用). https://www.livescience.com/13088-ufo-cover-britain-roswell-event-missing-released-files.html(閲覧 2026-10-09)↩
- David Clarke「UFO Files break records」2011年3月5日. https://drdavidclarke.co.uk/2011/03/05/172/(閲覧 2026-10-09)↩
この記事は、公開されている資料をもとに編集部が書いています。引用した文章と画像は、出典と引用元へのリンクを添えています。英語の資料の訳は当サイトによるものです。誤りに気づいた方は、目撃情報フォームからお知らせください。