ホーム / 読みもの / ダイオウイカの初撮影
UMA検証海の記録

ダイオウイカを深海で撮るまで
標本・触腕・映像がつないだ「海の怪物」の記録

船を襲う海の怪物を描いた古い図版。その隣に、博物館に残る本物の触腕を置いてみる。ダイオウイカの歴史は、「伝説が一枚の写真で証明された」というほど単純ではない。実物の存在と、深海での暮らしは、別々の証拠によって確かめられてきた。2004年、2006年、2012年。それぞれの「初撮影」が何を変えたのか、記録をたどる。

文 未確認生物研究所 編集部公開 2026年10月7日約15分で読めます出典 9件

この記事の要点

  • ダイオウイカは深海で撮影される前から、標本によって実在が確認されていた。「いるか」と「どう暮らすか」は別の問いだ
  • 2004年は自然環境での連続静止画、2006年は釣り上げた個体の動画、2012年は深海での動画。撮影年と公表年も区別する
  • 2004年には写真だけでなく切れた触腕が回収された。形態とDNAによる照合が、映像の正体を裏づけた
  • 全長には長い触腕が含まれる。実測、欠損した個体の計測、体の一部からの推定を同じ数字として並べない

01船を襲う怪物と、博物館に残る実物

船に巻きつく巨大な頭足類を描いた歴史的図版
PD1801年の「Le Poulpe Colossal」。船を襲う巨大な頭足類の図版であり、ダイオウイカを観察して描いた生態図ではない。 作者:Pierre Denys de Montfort (1766–1820) / Étienne Claude Voysard (1746–1812.)。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

古い図版を眺めると、巨大な腕が船の帆柱をつかみ、船体を包み込んでいる。波の上に見える頭は船よりも大きい。この一枚が示しているのは、まず人間が海の怪物に与えた姿だ。腕の太さや船との比率を、そのまま動物の計測値として読むことはできない。描かれた出来事と、実物の体に残る特徴は、違う種類の資料になる。

一方、ダイオウイカについては、漂着した死骸や漁で偶然得られた標本が残った。スミソニアンの解説が紹介するのは、ニューファンドランドのモーゼス・ハーヴェイが1873年末に手に入れた個体だ。頭と腕を浴槽に掛けて調べ、その姿は1874年の写真にも残った。イェール大学のA・E・ヴェリルが、この標本を記載と図解に用いたという[1]。

the first accurate description and scientific illustration of the giant squid

ダイオウイカの最初の正確な記載と科学的図解。

写真の古さに引かれて、「これが生きたダイオウイカの初撮影だった」と読むと話がずれる。写っていたのは、すでに死んだ個体の一部だ。写真があるという事実だけでは、撮影時に生きていたか、自然な環境にいたか、体の全体がそろっていたかまでは分からない。初撮影という言葉を読むとき、最初に確かめたいのはそこだ。

長い触腕と八本の腕が描き分けられたダイオウイカの図版
PDヴェリルの著作に掲載されたダイオウイカの図版。長い触腕と、短い腕の違いを見比べられる。 作者:J. H. Emerton。パブリックドメイン。 / Wikimedia Commons

図版では、胴から続く八本の腕とは別に、細い二本が大きく伸びている。船に巻きつく怪物の絵にあった、同じ太さの腕が何本も広がる印象とはかなり違う。二枚を比べると、「巨大な頭足類」という共通した輪郭の下に、想像と観察が混ざっていたことが見えてくる。図を読む目的を決めれば、どちらも捨てずに使える資料だ。

ただし、本物の大きなイカがいると分かっても、昔の船乗りの話が一つ残らず正しかったことにはならない。ある生物の実在を確かめることと、特定の目撃談の正体を突き止めることは別の作業だ。ダイオウイカを伝説の説明に使うには、その話にある体の形や場所、行動まで照らし合わせる必要がある。名前だけで空白を埋めると、標本が教えてくれる細部を取り落としてしまう。

02「全長13メートル」を、どこからどこまで測るのか

胴と腕、長い触腕を展開したダイオウイカの保存標本
CC BY 4.0メルボルン博物館のダイオウイカ標本 F 88555。保存・展示された標本であり、深海で泳いでいる姿ではない。 作者:Rodney Start, Museums Victoria。CC BY 4.0。CC画像は記事用に縮小した。 / Wikimedia Commons

大きさの話を始める前に、体のどこを測っているのかを分けたい。ダイオウイカには、胴にあたる外套、頭、八本の腕、それより長い二本の触腕がある。ヒレの先から触腕の先まで測る全長と、外套だけを測る外套長では、同じ個体でも数字が大きく変わる[2]。細長い二本を含めるかどうかが、見出しの迫力を左右する。

The mantle is only about 2 m long

外套は約2メートルにすぎない。

ニュージーランド国立博物館テ・パパの収蔵資料解説は、メスの全長を最大13メートル、オスを10メートルと紹介する。一方、外套は約2メートル、触腕を除いた長さは約5メートルという説明だ[2]。全長13メートルの生き物が、13メートルの胴を持つという意味ではない。数値だけを切り取ると、読者の頭の中では別の動物が育ってしまう。

保存標本の写真では、長い触腕が胴の上へ曲げて配置されている。こうした展示の仕方を見れば、写真の横幅をそのまま全長にできないことが分かる。先端が切れていれば短く見え、伸ばした状態なら長く見える。比較に必要なのは、写真の中で大きく見えたという印象より、計測の対象と標本の状態だ。写真は、ものさしと一緒に読むほど情報が増える。

スミソニアンの解説も、触腕が欠けたり伸びたりするため、外套長が大きさの比較によく使われると説明している[1]。これは巨大な個体の可能性を消す話ではない。保存や損傷の影響を受けにくい部位をそろえ、同じ条件で比べるための工夫だ。「最大」という言葉には、その前に何を比較したかという小さな条件がついている。

日本で得られた標本にも、この違いがよく表れている。国立科学博物館の2010年の解説は、新潟に漂着した個体を、腕を含む長さ3.4メートル、外套長1.7メートル、体重109.2キログラムと記録する。一方、2007年の島根沖の個体は外套長1.35メートルで、長い触腕を含む全長は6.7メートル超だった。新潟の個体では、その長い二本が失われていた[5]。

この二つを全長だけで並べると、後者が前者の約二倍の大きさに見える。ところが、胴の長さは前者の方が大きい。巨大なイカという同じ言葉の下でも、残っていた部位が違うだけで、数字の並び順が逆になる。大きさを比べる時には、長い触腕がそろっているか、短い腕だけを測ったか、外套も記録されたかを確かめたい。数字の矛盾に見えたものが、測った対象の違いだと分かることがある。

ダイオウホウズキイカと混ぜない

もう一つ混ざりやすいのが、南極海のダイオウホウズキイカだ。英語ではダイオウイカが giant squid、ダイオウホウズキイカが colossal squid と呼ばれる。テ・パパは後者について、ダイオウイカより少し短いが胴が大きく、重いと説明する[3]。長いイカと重いイカは、同じ競争の勝者ではない。全長と体重を一つの「世界最大」にまとめると、比較の物差しが途中で変わってしまう。

but have a larger, heavier body

ただし、より大きく重い胴を持つ。

名前の似た大型イカの写真を取り替えても、記事の意味は変わらないように思えるかもしれない。だが、吸盤や鉤の違いは、種類を判断する手がかりそのものだ。テ・パパの比較資料は、ダイオウホウズキイカの触腕の先に回転する鉤があることを示している[3]。大きくて珍しいという共通点より、部位の違いに目を向けた方が、怪物の輪郭は具体的になる。

032004年、小笠原の深海へカメラを下ろす

窪寺恒己さんと森恭一さんによる2005年の論文には、調査の出発点が書かれている。小笠原周辺で大型イカを捕食するマッコウクジラの分布と潜水記録を使い、カメラを下ろす場所と深さを絞ったのだ。2002〜2004年の三シーズンに、餌を付けた撮影装置を23回投入した[4]。海のどこかに巨大なイカがいるというだけでは、まだ撮影計画にはならなかった。

クジラを手がかりにする方法は、動物の姿を直接探す代わりに、その動物を食べている相手を探す方法でもある。視界の届かない深さで一匹を見つけるには、餌と捕食者の関係が地図の代わりになる。ただし、クジラが潜る場所にいたという推測だけで、画面に現れるイカをダイオウイカと決めることはできない。場所を選ぶ根拠と、写った生物を同定する根拠は、後で別々に必要になる。

装置は上から餌を見下ろす形だった。カメラだけでなく、水深を記録する機器も組み合わせる。静止画は30秒ごとに撮られるよう設定されていた[4]。ここで得られるものは、連続した映像ではない。一定の間隔で並ぶ写真と、その時の深さだ。一枚の写真から動きを想像する場合と、前後の写真や水深の変化を合わせて読む場合では、答えられる問いが違う。

2004年9月30日、午前9時15分。水深900メートルで、一匹が仕掛けの餌に近づいた。二本の長い触腕を使った攻撃が撮影され、そのうち一本の先が針に掛かった[4]。画面に大きな腕が現れたという発見は、この時点ではまだ証拠の一部だ。回収した機材と、そこに残った触腕を調べることで、写真の読み方はさらに確かになった。

調査に時間が掛かった理由は、動物が小さくて見えないからではない。大きさに関係なく、レンズの前を通らなければ記録は残らない。深い海では、いないことを確かめるための視野も限られる。装置を何回下ろしたか、どの範囲を見たかを知らずに、「何年も撮れなかったのだから極端に少ない」と言い切ることはできない。発見までの長さは、生物の珍しさと観察方法の難しさの両方を映している。

04写真の正体を裏づけた、切れた触腕

ダイオウイカの触腕の先に並ぶ吸盤
CC BY-SA 4.0ダイオウイカの触腕の先。2004年の回収物ではなく、別の個体の写真。触腕を同定と計測に使う意味を考えるために掲載した。 作者:hntro。CC BY-SA 4.0。CC画像は記事用に縮小した。 / Wikimedia Commons

機材に残った触腕は5.5メートルだった。研究者は形態を調べ、組織からミトコンドリアDNAの一部を読み取って、既知のダイオウイカ標本と照合した[4]。触腕は、単なる撮影の副産物ではなかった。画面の外にあった体の一部を実験室で調べられたことで、映像と標本が結びついた。論文の要約は、この役割を短くまとめている。

国立科学博物館の解説は、仕掛けに掛かった個体が4時間13分後に触腕を切り離したと紹介する。元の論文には、その間に550枚を超える写真を記録したとある[5][4]。写真の枚数は、550個体を見たという数ではない。一個体を繰り返し記録した数だ。観察の時間が長いことと、独立した観察例が多いことを分けないと、その行動が種全体でどれほど普通かを過大に評価してしまう。

回収した触腕の長さについて 2005年の論文は5.5メートルと記すが、国立科学博物館の2010年の解説には6メートルとある。丸めた数値かどうかは本文だけでは確かめられないため、この記事の寸法は原著論文の5.5メートルを採用した[4][5]。

Recovery of a severed tentacle confirmed both identification and scale of the squid

切れた触腕の回収が、イカの同定と大きさの両方を裏づけた。

ここでいう「大きさを裏づけた」は、個体の全長を船上で直接測ったという意味ではない。回収できたのは触腕であり、体全体は持ち帰っていない。全長8メートル超という値は、回収した部位と既知の体の比率から見積もったものだ[4]。同じ論文に測定値と推定値が並んでいても、証拠の性質まで同じになるわけではない。大きさの記録には、どこに推定が入ったかを残しておきたい。

触腕の写真を見ると、細い軸の先に幅の広い部分があり、そこに吸盤が集まっている。この形を写真で読むことと、実際に部位を測り、組織を分析することは重なりながらも違う。画像は外側の配置を示す。標本は寸法や内部の材料を調べる機会を残す。どちらか一つを「決定的な証拠」と呼んで終えるより、二つがどの点で支え合ったかを見る方が、同定の過程を追いやすい。

回収物がある場合には、分析した組織が、画面の生物から得られたものかというつながりも必要だ。2004年の調査では、針に掛かった触腕が切れ、機材と一緒に回収されたという経過が残る[4]。たまたま同じ海から拾った組織を調べる場合とは違う。写真、回収の記録、標本、分析結果が順に結びついているから、DNAの結果を撮影した個体の説明に使える。

また、写真に写る行動は針に触腕が掛かった状況でのものだ。獲物へ近づく場面と、掛かった後に逃れようとする場面を、一続きの普段の狩りとして扱うことはできない。研究者の解釈にも、観察できた範囲と、そこから推測した習性がある。一個体の記録が貴重であることと、一個体で種全体を説明できることは、同じではない。

a much more active predator than previously suspected

それまで考えられていたより、ずっと活動的な捕食者。

この短い表現が変えたのは、ダイオウイカの存在そのものより、動き方への予想だった。博物館で横たわる標本から、獲物をつかみに来る体へ。腕と触腕がどんな仕事をするのかを、研究者は生きた個体の記録で考え直すことになった。写真で確かめられた事実を保ちつつ、どの程度まで行動を一般化できるかを問い直す。この往復が、発見を研究へ変えていく。

052006年の海面、2012年の深海――三つの「初撮影」

「生きたダイオウイカを世界で初めて撮った年」は、尋ね方によって答えが変わる。国立科学博物館の解説は、2004年の静止画撮影と、2006年に釣り上げた個体を海面近くで撮った動画を分けて説明している[5]。後者では、生きて動く姿が動画で記録された。だが、深海で暮らす様子をその場で連続撮影した記録とは異なる。

生きて動いている姿が動画で記録されたのは世界初でした。

続く2012年、窪寺さんはNHKとの共同プロジェクトで有人潜水艇に乗り、小笠原父島沖の深海で個体を観察した。研究者本人の紹介ページには、水深630〜880メートルで23分間、姿を自分の目で見たとある。プロジェクトは2013年1月のNHKスペシャルで放映された[6]。撮影した年と、多くの人が映像を見た年が一つずれるのも、混乱しやすいところだ。

ダイオウイカを自分の眼で直接観察できたことかな。

  • 2004年:深海の自然環境で生きた個体を連続静止画として撮影。研究成果の論文は2005年に公表[4]
  • 2006年:釣り上げた生きた個体の、海面付近での動きを動画に記録[5]
  • 2012年:深海での動画撮影と有人潜水艇からの直接観察。関連番組の放映は2013年1月[6]

三つの記録を並べると、どれが本当の世界初かを争う必要はなくなる。静止画は体の形と時間の断片を残す。動画は動きの連続を残す。直接観察には、その場にいた研究者の記録が加わる。それぞれが別の空白を埋めたのだ。「初」を一つだけ選ぶと、撮影技術の進歩と、生物について増えた知識の両方を縮めてしまう。

同時に、自然環境で撮ったという言葉も、何の介入もない観察を約束するわけではない。2004年には餌と針があった。後の撮影方法にも、動物をカメラへ引きつける工夫がある[4][7]。現場での撮影には、何を置き、何を照らしたかという条件が伴う。その条件を書き添えれば、映像の価値が下がるのではなく、映像で答えられる問いがはっきりする。

例えば、餌に向かって触腕を伸ばす記録は、獲物をつかむ能力を考える手がかりになる。一方、相手も餌もない時にどこへ移動するのか、どのくらいの時間を休んで過ごすのかは、同じ場面からは読めない。映像に映っていない生活まで、迫力のある数分間で代表させないこと。深海の撮影記録を読むときは、レンズの外に残った時間も意識しておきたい。

062019年、暗さを残すカメラと、同定を待つ時間

2019年、メキシコ湾の調査では「Medusa」というカメラ装置が使われた。NOAAの事前報告によれば、薄暗い赤い照明と低照度カメラを組み合わせ、深海の生物を強い光で遠ざけにくい方法を選んでいた[7]。暗い場所をもっと明るくする、という単純な改良ではない。動物の見え方を考え、人間の側の照明条件を変える工夫だった。

invisible to most deep-sea life

深海の生物の多くには見えない。

この言い方の「多く」は大事だ。装置の説明が対象とする範囲を越えて、すべての動物に全く見えない照明だと書き換えることはできない。赤い光にする理由があっても、カメラや誘引装置が動物に与える影響がゼロになるとは限らない。観察装置の長所は、仕組みと限界を一緒に説明した時に伝わる。見つかった生物の珍しさだけでなく、見つけ方そのものが研究の成果になる。

同年6月20日の現場報告には、記録を見た研究者たちがすぐに名前を断定しなかった様子が残る。映っていたのが大きなイカであることは分かったが、詳しい研究者でも、若いダイオウイカだという確信は「70パーセント」だった。映像を専門家のマイケル・ヴェッキオーネさんへ送り、判断を待った[8]。

70 percent sure

70パーセントの確信。

専門家から戻った判断も「ほぼ確か」というものだった[8]。ここには研究者のためらいが記録されている。迫力のある腕が広がる映像であっても、すべての特徴が都合よく見えるわけではない。写真に名前を付ける作業には、確認できる部位、画質、撮影方向、比較できる資料が関わる。その手順を省いてしまうと、映像が出た瞬間に全員が正体を知ったという別の物語になる。

現場報告は、イカがカメラへ向かって来たため、正確な大きさの判断が難しかったとも書いている[8]。近づく物体は画面の中で大きくなり、同じ姿勢のまま全身が写るとは限らない。撮影画像に比較対象があっても、対象と動物が同じ距離にいるかを考えたい。長さを推定できることと、巻尺で測った長さを知ることは、ここでも違う。鮮明な映像ほど数字まで確かに感じやすいが、映像の美しさは計測条件を補ってはくれない。

この記録が面白いのは、興奮と慎重さが同じ船上にあったことだ。大きなイカだと気づき、写真や識別資料を開き、詳しい人の返事を待つ。発見者が最初からすべてを知っていた必要はない。分からない段階を言葉にし、確かめる相手へつなぐ方が、観察は使える記録になる。未確認の生物の写真にも、その時点の判断と、後から得た判断を分けて残す価値がある。

07実在が分かっても、深海の暮らしは終わらない

ダイオウイカの命名の基準となった標本の腕の断片
CC BY 4.0デンマーク自然史博物館に残るダイオウイカのホロタイプの腕の断片。ホロタイプは、学名の基準となる標本。 作者:Natural History Museum of Denmark。CC BY 4.0。CC画像は記事用に縮小した。 / Wikimedia Commons

命名の基準となる標本の断片を見ると、動物の名前を支えるものが必ずしも立派な全身標本ではないことが分かる。小さな吸盤や腕の一部でも、比較する相手として保存される意味がある。深海の写真と博物館の棚は遠く離れて見えるが、写った動物に名前を付ける時、その棚に蓄積された観察が必要になる。標本は発見の終着点であると同時に、次の発見を調べる出発点にもなる。

種類の数についても、姿だけでは話が終わらなかった。2013年の研究は、世界各地から集めた43個体分のミトコンドリアDNAを調べた。地域に対応する明瞭な系統構造が見つからず、遺伝的多様性は非常に低かった。著者たちは、世界のダイオウイカを一種とする仮説に整合する結果だと述べている[9]。

there is only one global species of giant squid

世界のダイオウイカは一種だけである。

ただし引用した言葉は、論文で「観察結果と整合する仮説」として述べられた部分だ。あらゆる海域、あらゆる遺伝子を調べ切った宣言ではない。ミトコンドリアの情報が示す範囲と、それ以外に残る問いを分けて読む必要がある[9]。DNAという言葉が出ただけで結論の強さを最大にしてしまうと、著者が残した慎重な言い方を消してしまう。

ダイオウイカの黒褐色の嘴
CC BY-SA 4.0ダイオウイカの嘴。柔らかい体の中にも、標本として観察できる硬い部位がある。2004年の個体の嘴ではない。 作者:hntro。CC BY-SA 4.0。CC画像は記事用に縮小した。 / Wikimedia Commons

存在、体の形、種類、行動。ここまでの記録は、それぞれに違う証拠を使っていた。標本は体を残し、写真は姿を残し、深度記録は場所を残し、DNAは既知の標本との比較を支えた。どれか一つがすべての問いを引き受けたわけではない。大きな発見の中にある小さな確認を分けると、「証明された」という言葉の中身が具体的になる。

説根拠評価
ダイオウイカは実在する保存標本、同定された組織、自然環境での画像がある[4][2]確認されている
「初撮影」は一度しかない静止画・海面の動画・深海の動画は違う記録[5][6]条件を分ける必要がある
2004年の個体は全長を直接測定した回収した触腕から全体の大きさを推定した[4]その説明は誤り
伝説の船を襲う怪物も全てダイオウイカだった実在の確認だけでは、個別の伝承の正体を特定できない確かめられない
生態は映像で全部分かった研究者は産卵や成長などの問いを残している[6]その説明は行き過ぎ

海の怪物が撮影されると、謎が一つ消えたように感じる。だが、窪寺さんの研究紹介には、産卵の時期や場所、幼い個体がどう成長するかといった問いが残されている[6]。一枚の鮮明な画像は、長い一生を丸ごと見せてくれない。写った体を詳しく見るほど、写らなかった生活の広さにも気づく。

ダイオウイカの記録が未確認生物の研究に教えてくれるのは、信じれば怪物が現れるという教訓でも、写真さえあれば終わるという教訓でもない。何を見たのかを残し、その場で決められないことを分け、標本や別の観察へつなぐことだ。疑問を小さくすると、証拠を増やす方法も具体的になる。深海で広がった腕の一枚は、その長い作業の途中にある。

出典・参考資料

  1. Smithsonian Ocean「How Big is the Giant Squid?」標本・歴史・大きさの解説。 https://ocean.si.edu/ocean-life/invertebrates/giant-squid(閲覧 2026-10-07)↩
  2. Museum of New Zealand Te Papa Tongarewa「Giant squid Architeuthis dux」収蔵資料解説。 https://collections.tepapa.govt.nz/topic/1240(閲覧 2026-10-07)↩
  3. Te Papa「The difference between colossal squid, giant squid, and octopus」解剖上の比較。 https://www.tepapa.govt.nz/digital-museum/explore-digital-museum/colossal-squid/difference-between-colossal-squid-giant-squid(閲覧 2026-10-07)↩
  4. Tsunemi Kubodera, Kyoichi Mori「First-ever observations of a live giant squid in the wild」Proceedings of the Royal Society B 272:2583–2586, 2005. DOI:10.1098/rspb.2005.3158。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1559985/(閲覧 2026-10-07)↩
  5. 国立科学博物館「ダイオウイカ ― 深海のミステリー」(協力:動物研究部・窪寺恒己), 2010。 https://www.kahaku.go.jp/pickup-science/nid00000994.html(閲覧 2026-10-07)↩
  6. 国立科学博物館・窪寺恒己「巨大イカ類とマッコウクジラ」研究紹介・研究者への質問。 https://www.kahaku.go.jp/researcher/nid00000156.html(閲覧 2026-10-07)↩
  7. Nathan J. Robinson「Searching for Giant Squid in the Gulf of Mexico」NOAA Ocean Exploration, 2019年6月11日。 https://origin.oceanexplorer.noaa.gov/expedition-feature/19biolum-logs-jun11/(閲覧 2026-10-07)↩
  8. Sönke Johnsen, Edie Widder「Here Be Monsters: We Filmed a Giant Squid in America’s Backyard」NOAA Ocean Exploration, 2019年6月20日。 https://oceanexplorer.noaa.gov/expedition-feature/19biolum-logs-jun20/(閲覧 2026-10-07)↩
  9. Inger E. Winkelmann ほか「Mitochondrial genome diversity and population structure of the giant squid Architeuthis」Proceedings of the Royal Society B 280:20130273, 2013. DOI:10.1098/rspb.2013.0273。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3619516/(閲覧 2026-10-07)↩

この記事は、公開されている資料をもとに編集部が書いています。引用した文章と画像は、出典と引用元へのリンクを添えています。英語の資料の訳は当サイトによるものです。誤りに気づいた方は、目撃情報フォームからお知らせください。