科学で検証する 第3回
イエティの毛をDNAで調べたら
目撃談は確かめにくい。だが「毛」なら、DNAを読んで、どの動物のものかを調べられる。2014年、英国の遺伝学者が世界中から集めた「謎の霊長類の毛」を調べ、ヒマラヤの2本が「古代のホッキョクグマ」と一致したと発表した。この結果は、のちの研究者たちによって大きく書き直される。第3回は、この一連の研究を順に読み、DNA鑑定が何を言えて、何を言えないのかを確かめる。

この記事の要点
- 2014年のサイクスらの調査は、「謎の霊長類の毛」30点のDNAを読み、どれも既知の動物だった。霊長類はヒト1点だけだった
- ただしヒマラヤの2点は、ホッキョクグマと一致したとされ、「未知のクマか、ホッキョクグマとヒグマの雑種では」と話題になった。根拠はミトコンドリアDNAのわずか104文字だった
- 別の研究者が、照合した相手を取り違えていたこと、決め手の1文字がDNAの傷みで読み違えやすい場所にあることを指摘した。毛の主はヒマラヤのヒグマだという見方が出た
- 2017年のランらの調査は、ミトコンドリアDNA全体を読み、「イエティ」の試料9点のうち8点がアジアのクマ、1点がイヌだと示した。ラダックの毛と同じ個体とみられる試料は、ヒマラヤヒグマだった
01なぜ「毛」を調べるのか
この連載の第1回では、目撃談を確かめる手順を説明した。記憶は書き換わり、空の光は大きさも距離も決められない。目撃談には、どうしても限界がある。
では、モノが残っていたらどうか。足跡は形しか残らない。写真は作れる。だが、毛や骨や皮なら、中に入っているDNAを読んで、どの動物のものかを調べられる。ロンドン自然史博物館の研究者ノーマン・マクラウドは、2014年にこう書いた[3]。
this physical evidence has moved out of the category of ambiguous, untestable evidence and into the realm of scientifically acceptable physical evidence
(毛の試料という)この物的証拠は、あいまいで確かめようのない証拠の部類から抜け出し、科学的に受け入れられる物的証拠の領域に入った。
マクラウドの言う考え方はこうだ。まず「この毛は、すでに知られている動物のものだ」という仮説を立てる。DNAを読んで既知の動物と一致すれば、この仮説は崩れない。どの既知の動物とも合わなかったときに初めて、「未知の動物かもしれない」と言える[3]。
この考え方で、世界中の「イエティ」や「ビッグフット」の毛を本気で調べた研究がある。2014年に英国王立協会の学術誌『Proceedings of the Royal Society B』に載った、オックスフォード大学の遺伝学者ブライアン・サイクスらの論文だ[1]。この記事では、この論文と、それに続いた批判と再調査を順に読んでいく。
02DNA鑑定のしくみ:104文字を読んで、図書館と照らし合わせる
サイクスらは2012年5月14日、スイス・ローザンヌの動物学博物館とオックスフォード大学の連名で、「謎の霊長類の毛」の提供を呼びかけた。集まったのは57点。まず肉眼と顕微鏡などで調べ、植物1点とガラス繊維1点を外した。残りから、出どころや歴史的な価値をもとに37点を選んで、DNAを調べた[1]。
手順はこうだ
- 汚れを落とす:毛の軸を2〜4センチ切り取り、表面を徹底的に洗う。触った人のDNAが付いていると、結果が「ヒト」になってしまうからだ
- すりつぶして溶かす:毛をすりつぶし、たんぱく質を分解する酵素と一緒に温め、DNAを取り出す
- 狙った区間だけ増やす:PCRという方法で、ミトコンドリアDNAの「12S rRNA遺伝子」の一部を何百万倍にも増やす。長さは104文字(塩基対)だ
- 文字を読む:増やしたDNAの並び(A・T・G・Cの4文字の並び)を読む
- 図書館と照らし合わせる:読んだ並びを、世界中の研究者がDNAの並びを登録しているデータベース「GenBank」と比べ、いちばん近い動物を探す
最後の「照らし合わせ」は、指紋を指紋台帳と比べるのに似ている。台帳に載っている動物なら、名前が分かる。この区間は、動物の種類を見分けるのに法医学の現場でも使われてきた[1]。

なぜミトコンドリアDNAなのか
ミトコンドリアは、細胞の中にある小さな発電所のような部品で、自前の短いDNAを持っている。一つの細胞にたくさんあるので、毛の軸のように細胞の少ない材料からでも取り出しやすい。一方で、母親からだけ受け継がれるので、父親側の血筋は分からない。この点は、あとで「雑種かどうか」を考えるときに効いてくる。
サイクスらは、わざと「多くの哺乳類に当てはまる」ゆるい設計で区間を増やした。一度にいろいろな動物を拾えるかわりに、イヌとオオカミとコヨーテのように近い種は見分けられないことがある、と論文自身が書いている[1]。
03結果:30点は、すべて知られた動物だった
37点のうち7点は、何度試してもDNAが取れなかった。残る30点は、すべてGenBankの登録と100%一致した[1]。中身を地域ごとに並べると、こうなる。
- 米国の「ビッグフット」18点:アメリカクロクマ5点、イヌ属(オオカミ・コヨーテ・イヌのどれか)4点、ウシ3点、ウマ・ヒト・アライグマ・ヒツジ・ヤマアラシ・シカが1点ずつ
- ロシアの「アルマス(アルマスティ)」8点:ウマ3点、ヒグマ2点、ウシ・アメリカクロクマ・アライグマが1点ずつ
- スマトラの「オラン・ペンデク」1点:マレーバク
- ネパールの「イエティ」1点:カモシカの仲間のスマトラカモシカ
- インド・ラダックとブータンの「イエティ」2点:ホッキョクグマ
ヒトのDNAが出たのは、テキサス州の1点だけだった。論文は、念入りな洗浄で、触った人のDNAの混入を防げたしるしだと見ている[1]。ロシアから出たアメリカクロクマとアライグマは、本来は北米の動物だ。毛の出どころの記録そのものが確かでないことも、この表は物語っている。
ビッグフットの結果は、当サイトのパターソン・ギムリン・フィルムの記事でも紹介した。サイクスらは、結果の意味を慎重に書いている[1]。
this survey cannot refute the existence of anomalous primates, neither has it found any evidence in support
この調査は、謎の霊長類の存在を否定することはできない。だが、それを支える証拠も何一つ見つからなかった。
ここまでは、手堅い結果だ。問題は、残る2点だった。
04「古代のホッキョクグマ」発表

論文が出るより前の2013年10月17日、英国のテレビ局チャンネル4が、この結果を発表した。同月20日から始まるドキュメンタリー番組「Bigfoot Files」の宣伝をかねたプレスリリースだ[4]。
リリースによれば、サイクスは、インド西部ヒマラヤのラダックと、そこから800マイル(約1,300キロ)東のブータンで見つかった、正体の分からない動物の毛を調べた。その結果、ノルウェー・スバールバル諸島で見つかった、少なくとも4万年前、おそらく12万年前ごろのホッキョクグマのあごの骨と100%一致したという。サイクスは、いくつかの説明のうち、ホッキョクグマとヒグマの雑種である可能性が最も高いと考えていた[4]。本人の言葉は、こうだ。
I don’t think it means there are ancient polar bears wandering around the Himalayas.
これは、古代のホッキョクグマがヒマラヤをうろついている、という意味ではないと思う。
同じリリースは、結果を査読つきの学術誌に投稿したとも書いている[4]。つまり、専門家の審査を通る前に、テレビ番組とともに世界へ広まったことになる。
論文では「予備的」と書かれていた
論文は2014年7月2日に公開された[2]。2本の毛の素性は、論文によればこうだ。ラダックの毛は、約40年前に経験豊かな猟師が撃った動物のもので、猟師はその動物のふるまいが見慣れたヒグマとはまったく違ったと話していた。毛は金色がかった茶色。ブータンの毛は、標高約3,500メートルの竹林で、イエティにあたるブータンの「ミゲ(migyhur)」の巣とされた場所から見つかり、赤みがかった茶色だった[1]。
論文は、この一致がプレスリリースほど確かなものではないことも書いていた[1]。
As the match is to a segment only 104 bp long, albeit in the very conserved 12S RNA gene, this result should be regarded as preliminary.
一致したのは、変化の少ない12S RNA遺伝子の中とはいえ、わずか104塩基対の区間にすぎない。そのため、この結果は予備的なものとみなすべきだ。
そのうえで論文は、未知のクマの種、ホッキョクグマの毛色の変わり型、ホッキョクグマとヒグマの雑種という3つの可能性を挙げた。そうしたクマがヒマラヤに広くいれば、イエティの言い伝えの生物学的な土台になっているかもしれない、とも書いた[1]。
05批判:照合の取り違えと、DNAの「傷」
論文が出ると、ほかの研究者が、公開されたDNAの並びを自分で確かめ始めた。DNAの並びはGenBankに登録されているので、誰でも同じデータを調べ直せる。これが、目撃談とのいちばん大きな違いだ。
一致した相手は「古代」ではなかった
オックスフォード大学の考古学研究所のC・J・エドワーズと、デンマーク自然史博物館のR・バーネットは、2015年に同じ学術誌でコメント論文を出した。まず指摘したのは、照合した相手の取り違えだ[5]。
This is an incorrect statement. Hairs 25025 and 25191 have a 100% identify with GenBank accession no. GU573490, which belongs to a modern U. maritimus individual from Diomede, Little Diomede Island, Alaska
これは誤った記述だ。毛25025と25191が100%一致するのはGenBankの登録番号GU573490で、これはアラスカ・リトルダイオミード島の、現代のホッキョクグマの個体のものだ。
古代のホッキョクグマの並びは、この現代の個体と1文字だけ違っていた。「古代のホッキョクグマと一致し、現代のものとは一致しない」という論文の核心の一文は、逆だったことになる[5]。(引用文中の「identify」は原文のまま。「identity(一致)」の誤記とみられる。)
決め手の1文字は、傷みやすい場所にあった
エドワーズらは、104文字のうち、何が「ホッキョクグマ型」の決め手になっているのかも調べた。ヒマラヤの2本と多くのクマを分けていたのは、100文字目の1か所だけだった。そこはホッキョクグマならみなT、ヒグマは多くがCだ。ただし、アラスカのABC諸島のヒグマや、ブルガリアやフランスのヒグマなど、Tを持つヒグマもいる[5]。
さらに、この1文字の場所が問題だった。古いDNAは、時間がたつと化学的に傷む。よく起きるのが、CがU(ウラシル)に変わる傷で、読むとTとして出てくる。決め手の文字は、Cが6つ並んだところの真ん中にあった[5]。
This base change sits in the middle of a run of six C bases, which is exactly the place to expect a damage artefact.
この塩基の違いは、Cが6つ続く並びの真ん中にある。まさに、傷による見かけの変化が起きると予想される場所だ。
エドワーズらは、議論を呼ぶ結果なら、増やしたDNAを1本ずつ分けて読み直す(クローニング)か、PCRを何度もやり直して多数決を取るべきだったと書いた。そして、毛の色が金色がかった茶色と赤みがかった茶色であることも合わせ、もっとも簡単な説明として、ヒマラヤに住むヒグマの亜種「ヒマラヤヒグマ」を挙げた[5]。
we would contend that the hair samples are, in fact, from Himalayan brown bears
私たちは、これらの毛は実際にはヒマラヤヒグマのものだと主張する。

エドワーズらによれば、ヒマラヤヒグマは標高およそ3,000〜5,500メートルの高地に住み、数は少ない。地元では「ズーテー(Dzu-teh)」、ネパールの言葉で「牛のクマ」と呼ばれ、昔からイエティの言い伝えと結び付けられてきたという[5]。
サイクスらの回答
サイクスらは、同じ号で回答を出した。照合の誤りは認め、原因をこう説明した[6]。
The error was caused by an incomplete GenBank search linking the sample to the paper rather than to the individual isolate.
この誤りは、GenBankの検索が不十分だったために、試料を個々の個体ではなく(その個体が載った)論文に結び付けてしまったことで起きた。
古代と現代のホッキョクグマは、同じ論文でDNAが発表されていた。その論文単位で見てしまい、どの個体と一致したかを取り違えた、ということだ。一方で、DNAの傷については反論した。2点とも、比較用の対照と同じくらいよくDNAが増え、読み取りのデータはきれいで、問題の位置に混ざりもなかったという。ブータンの毛は約10年前のもので、古すぎもしないとした。そのうえで、生きた個体の新しい組織で確かめるのが望ましいと書いた[6]。
104文字では、そもそも足りない
同じ2015年、米スミソニアン協会の国立自然史博物館のエリエセル・グティエレスと、ロナルド・パインも、動物学誌『ZooKeys』で検証を出した。104文字の区間で、ヒグマ49頭とホッキョクグマ32頭を比べると、違いが出るのは4か所だけで、しかもどちらの種にも例外があった。100文字目のTは、ホッキョクグマ32頭すべてと、ヒグマ49頭のうち9頭が持っていた[7]。
サイクスらと同じ方法でGenBankを検索し直すと、いちばん近い候補はホッキョクグマ2頭だった。だが、そのすぐ下の点数に、ヒグマ94頭を含む98件が並んだ[7]。「いちばん近い」の差は、ごくわずかだったのだ。二人の結論は、はっきりしている[7]。
We have concluded that there is no reason to believe that the two samples came from anything other than Brown Bears.
私たちの結論は、この2点がヒグマ以外の何かから来たと考える理由はない、というものだ。
062017年の再調査:DNAを丸ごと読む
決着をつけたのは、米バッファロー大学の生物学者シャーロット・リンドクヴィストらの研究チームだ。筆頭著者はティエンイン・ランで、2017年11月に同じ『Proceedings of the Royal Society B』に論文が載った[8]。
何を変えたのか
ランらが調べたのは24点。毛、骨、皮、ふんが含まれる。うち12点はパキスタン北部のクンジェラブ国立公園で集めたヒグマのふん、2点はパキスタンの動物園のヒマラヤヒグマ、1点は米国自然史博物館のチベットのヒグマの骨、そして9点は、登山家ラインホルト・メスナーの博物館と英国の番組制作会社アイコン・フィルムズから提供された試料だった[8]。
やり方は、2014年の調査から大きく変わった。保存状態の分からない古い試料は、ふつうの実験室と切り離された、古代DNA専用のクリーンルームで扱った。最初に12S rRNA遺伝子で大まかな動物の種類を見たあと、クマと分かった試料は、クマの系統を見分けるのに向いた別の区間(調節領域とシトクロムb)を読んだ。さらに4点では、ミトコンドリアDNAを丸ごと、約1万6千文字にわたって読み、世界のクマ数百頭分の登録と比べて系統樹を作った[8]。
104文字の「いちばん近い1件」を探すのではなく、たくさんの文字を使って、どの家系の枝に入るかを見たわけだ。ランらは、2014年の方法の限界をこう書いている[8]。
the short 12S rRNA gene fragment is insufficiently informative to determine precise taxonomic identity, particularly among closely related species, although it can be a useful screening marker to assess preliminary species affinities
12S rRNA遺伝子の短い断片は、正確な分類を決めるには情報が足りない。近縁な種どうしではとくにそうだ。ただし、おおまかな種の見当をつけるふるい分けには役立つ。
「イエティ」9点の正体
バッファロー大学の発表によれば、「イエティ」とされた9点のうち1点はイヌだった。残る8点はアジアのクマで、内訳はツキノワグマ(アジアクロクマ)1点、ヒマラヤヒグマ1点、チベットのヒグマ6点だった[9]。
- 僧院に伝わる「イエティの手(または足)」の皮:ツキノワグマ[9]
- チベットの洞窟で見つかった「イエティ」の遺体の大腿骨のかけら:チベットのヒグマ[9]
- 1950年代にイエズス会の神父が見たというイエティの毛(ネパール):チベットのヒグマ。番組の制作者による来歴だ[9]
- メスナーの博物館の剥製から取った歯:イヌ[8]

ラダックの毛は、ヒマラヤヒグマだった
注目は、インド・ラダックで集められた毛の試料だ。ランらは、採集地が同じことや、提供元のアイコン・フィルムズから得た話から、2014年にサイクスらが「未知のクマか雑種」とした試料と同じ個体から来たものかもしれないと書いている。この試料からはミトコンドリアDNAを丸ごと組み立てることができた[8]。
Here, we unambiguously show that this sample is from a bear that groups with extant Himalayan brown bear.
ここで私たちは、この試料が、今いるヒマラヤヒグマと同じまとまりに入るクマのものであることを、疑いなく示す。
「古代のホッキョクグマ」は、ヒマラヤの高地に今も住むヒグマだった。エドワーズらやグティエレスらが2015年に示した見方と合う結果だ。
思わぬ収穫:クマの歴史

この調査は、イエティの正体探しだけでは終わらなかった。系統樹を作ると、ヒマラヤヒグマは、ほかのすべてのヒグマとホッキョクグマから早い時期に分かれた、古い家系だと分かった。分かれた時期は約65万8千年前と見積もられた(幅をもたせると約33万6千〜125万8千年前)。チベットのヒグマは、北米やユーラシアのヒグマと共通の祖先を持ち、約34万2千年前に分かれていた[8]。

ヒマラヤヒグマは、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで絶滅寸前の扱いを受けているとランらは書いている[8]。リンドクヴィストは、こうしたクマの集団の構造や遺伝的な多様性を明らかにすることが、保護の計画づくりに役立つと話している[9]。イエティの毛は、絶滅が心配されるクマの歴史を知る手がかりにもなった。
07何がうまくいき、何がまずかったのか
この一連の研究は、「DNA鑑定でイエティの正体が分かった」という一言では片づかない。順に振り返ると、科学の進み方そのものが見えてくる。
うまくいったこと
- 持ち主に試料を出してもらい、決まった手順で一度に調べた:うわさ話ではなく、同じ物差しで30点を比べた[1]
- 汚れ対策が効いた:ヒトのDNAが出たのは1点だけで、触った人のDNAの混入を抑えられていた[1]
- データを公開した:並びをGenBankに登録し、試料の一部をローザンヌの博物館に預けた[1]。だからこそ、他の研究者がすぐに検証できた
- 論文どうしで直した:誤りの指摘、回答、再調査が、同じ学術誌の上で数年のうちに進んだ[5][6][8]
まずかったこと
- 短すぎる区間で、強い結論に寄せた:論文は「予備的」と書きながら、未知のクマや雑種の可能性まで話を広げた[1]。104文字では、近い種どうしは見分けにくい[7][8]
- 照合の相手を取り違えた:古代の個体ではなく、現代の個体と一致していた[5][6]
- 1文字の違いを確かめ直さなかった:古いDNAの傷が起きやすい場所だったのに、クローニングなどで確かめた形跡がなかった[5]。サイクスらは、データの質は十分だったと反論している[6]
- 審査の前にテレビで発表した:査読を通る前に、番組の宣伝とともに「古代のホッキョクグマ」が広まった[4]
もう一つ、見ておきたい点がある。2014年の調査も2017年の調査も、費用の一部をテレビ番組の制作会社アイコン・フィルムズが出しており、試料の一部もそこから提供された[1][8]。番組と結び付いた研究がいけないわけではない。2017年の調査は、番組のためのDNA鑑定から始まり、慎重な方法で結論を出した[9]。ただ、発表の時期と見せ方が番組の都合に引っぱられやすいことは、知っておいてよい。
| 説 | 根拠 | 評価 |
|---|---|---|
| ヒマラヤの「イエティ」の毛は、古代のホッキョクグマのもの | 一致したのは現代のホッキョクグマの登録で、古代ではなかった[5]。サイクスらも誤りを認めた[6] | 否定的 |
| 未知のクマ、またはホッキョクグマとヒグマの雑種がヒマラヤにいる | 104文字では種を決められない[7]。ラダックの毛と同じ個体とみられる試料は、ミトコンドリアDNA全体でヒマラヤヒグマと分かった[8] | 否定的 |
| 「イエティ」の試料の多くは、地元のクマ | 2017年の9点のうち8点がアジアのクマ、1点がイヌ[9]。2014年のネパールの1点はスマトラカモシカだった[1] | 有力 |
| DNA鑑定で、イエティはいないと証明された | 調べたのは持ち込まれた試料だけ。どちらの論文も、言い伝えの「土台」を論じたもので、存在しないことの証明ではない[1][3] | 否定的 |
| DNAが取れなかった試料は、未知の動物かもしれない | 2014年の7点は何度試してもDNAが取れなかった[1]。正体は分からないままで、どちらの証拠にもならない[3] | 確かめられず |
第1回の手順に照らすと
第1回では、確かめる手順として「知っているものを順に当てはめる」「残ったものは、残す」を挙げた。DNA鑑定は、この手順をとても強力にしたものだ。毛の主を、台帳に載っている既知の動物と一つずつ照らし合わせられる。
ただ、この一件が示すのは、照らし合わせにも落とし穴があるということだ。台帳の引き方を間違えれば、相手を取り違える。読む文字が少なければ、似た動物を見分けられない。傷んだ1文字に、話の重みが全部かかってしまうこともある。
そして、2014年の論文が「予備的」と書いたものは、本当に予備的だった。科学は一度で正解を出すとは限らない。データが公開され、他の人が確かめ直し、もっと良い方法で読み直す。その積み重ねで、「古代のホッキョクグマ」は「ヒマラヤのヒグマ」に落ち着いた。
イエティの言い伝えのすべてが、これで説明できるわけではない。足跡も、目撃談もある。だが、「イエティのもの」として持ち込まれた毛や骨や皮に限れば、DNAが示したのは、ヒマラヤとチベットの山に今も住むクマの姿だった。
出典・参考資料
- Bryan C. Sykes, Rhettman A. Mullis, Christophe Hagenmuller, Terry W. Melton, Michel Sartori「Genetic analysis of hair samples attributed to yeti, bigfoot and other anomalous primates」Proceedings of the Royal Society B 281:20140161, 2014年. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4100498/(閲覧 2026-10-04)↩
- 「Correction to: Genetic analysis of hair samples attributed to yeti, bigfoot and other anomalous primates」Proceedings of the Royal Society B 282:20150892, 2015年. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4455819/(閲覧 2026-10-04)↩
- Norman MacLeod「Molecular analysis of ‘anomalous primate’ hair samples: a commentary on Sykes et al.」Proceedings of the Royal Society B 281:20140843, 2014年. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4100509/(閲覧 2026-10-04)↩
- Channel 4「Has A British Scientist Finally Unlocked The Mystery of The Yeti?」News Release, 2013年10月17日. https://www.channel4.com/press/news/has-british-scientist-finally-unlocked-mystery-yeti(閲覧 2026-10-04)↩
- C. J. Edwards, R. Barnett「Himalayan ‘yeti’ DNA: polar bear or DNA degradation? A comment on ‘Genetic analysis of hair samples attributed to yeti’ by Sykes et al. (2014)」Proceedings of the Royal Society B 282:20141712, 2015年. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4298200/(閲覧 2026-10-04)↩
- Terry W. Melton, Michel Sartori, Bryan C. Sykes「Response to Edward and Barnett」Proceedings of the Royal Society B 282:20142434, 2015年. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4298211/(閲覧 2026-10-04)↩
- Eliécer E. Gutiérrez, Ronald H. Pine「No need to replace an “anomalous” primate (Primates) with an “anomalous” bear (Carnivora, Ursidae)」ZooKeys 487:141–154, 2015年. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4366689/(閲覧 2026-10-04)↩
- Tianying Lan, Stephanie Gill, Eva Bellemain, Richard Bischof, Muhammad Ali Nawaz, Charlotte Lindqvist「Evolutionary history of enigmatic bears in the Tibetan Plateau–Himalaya region and the identity of the yeti」Proceedings of the Royal Society B 284:20171804, 2017年. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5740279/(閲覧 2026-10-04)↩
- University at Buffalo「Abominable Snowman? Nope. Study ties DNA samples from purported Yetis to Asian bears」News Release, 2017年11月28日. https://www.buffalo.edu/news/releases/2017/11/037.html(閲覧 2026-10-04)↩
この記事は、公開されている資料をもとに編集部が書いています。引用した文章と画像は、出典と引用元へのリンクを添えています。英語の資料の訳は当サイトによるものです。誤りに気づいた方は、目撃情報フォームからお知らせください。